乗り越えたね^^

「以前の娘とは全然違って、最近はよく練習しています。これからもよろしくお願いします」… 先日いただいた嬉しいメール(^^♪

 

ピアノ教室のブログって、評判を気にしてか、ポジティブなことしか書かない側面がありますが、どんな教室でも、100%の生徒さんが毎回楽しく充実したレッスンを受け続けているわけではないと思うんですね。そこはやはり、師弟の相性や、その日その日のコンディションもあるわけで。

 

そんなわけで、私の教室でもネガティブな空気が流れている時期ってあります。じつはここ最近、「辞めたい病って、伝染するっけ?」と言いたくなるくらい、立て続けに “辞めたい相談” が続いていました。(;^_^A

みんながくれるプレゼントやお手紙が、何よりの充電源♪
みんながくれるプレゼントやお手紙が、何よりの充電源♪

中には、「うーん… そうだねぇ、もう限界なのかな‥」と、あまり強く引き留めないで、本人やご家庭の方針を優先することもあるのですが、

 

中にはどうしても、「このまま辞めるのは本当にもったいない」と思える生徒さんもいて、この場合には、ご家庭や本人の本音をもう少し聞き、私の考えやこれまでの経験もじっくりお話しするようにしています。

 

このところ相談のあった子たちは後者。本人も、お母さんも、思い詰めるあまりに視野が狭くなっているので、

 

*今お二人(親子)さんは、○○な状況に置かれています

*原因はコレ

*対策はコレ

*コレが出来そうなら、将来こういうことが可能になる/見込めます

*今辞めてしまうと、○○は残りますが、□□は忘れて出来なくなるでしょう

 

‥ということを、冷静にお伝えします。その上で、このホームページでもご紹介している東京学芸大学名誉教授の次山信男先生の引用ページ(「おけいこはなんのため」click! )をあらためて読んでいただいています。

すると、意外と、子どもが煮詰まっているご家庭に限って、お母さんがこのコラムを読んでいないんですね(苦笑)「あらためて考えさせられました。私も反省です‥」という感想をいただいたことがあります。

 

そこからご家庭でよくよく話し合い、レッスンでこれまで言われてきたことや教室だよりを読み返すことで、

 

①これまでとは違った視点で言われてきたことが目に入ってくるようになり、

②腑に落ちるようになり、

③家での練習が身に入るようになるようです。

 

すると、「やってみれば簡単だった!」となり、見事スランプ脱出!

最初のお母さんも、娘さんも勿論ですが、親としても乗り越えたわけです(^^)

 

これまでの経験上、練習ができなくて辞めてしまうご家庭というのは、

 

*簡単なことを(簡単だからと侮って)やっていないだけ

*やる前からムリと決めつけている

*後回しにして溜めていただけ

 

これがほとんどなんですね。どれもその気になれば簡単なことなのです。その気がないなら、辞めちゃえばいいのです。ピアノは義務教育ではないのですから。

 

でもせっかく習い始めたんだから続けさせたい‥と思うのなら、一度「えいっ☆彡」と思い切ってやってしまいましょう。林先生の「いつもやるの?」「今でしょ!」というあのセリフは、本当にいい言葉だなと思います。

 

そして、ここまで書いて気づいていただきたいのは、これってピアノの先生に頼ることではなく、ご家庭で解決できることなんですね。つまり、親力が試されているということなのです。

 

ピアノ教師は、技術的な協力しかできません。ピアノの先生って、じつは非力なのです。

 

世のお父さん、お母さん、習い事をさせる親の心構えは、間違いなく子どもに伝わりますよ。ぜひがんばって欲しいなと思います。そのためのアドバイスはいくらでも致しますので(^_-)-☆

2019年が始まりました

Lippia Music Room のコラムをご覧の皆様、あけましておめでとうございます!

このところ、公私共にいろいろと活動エリアが増えているために、こちらのコラムの更新が少なくなっておりますが、検索などでたくさんの方にお越しいただいているようです。ありがとうございます(^^)

 

本年も、更新頻度はさほど高くなくとも、記事の一つ一つはお役に立つような有益なコラムにしていきたいなと思います。よろしくお付き合いくださいませ(^^)/

新年は恒例の家族での初弾きを楽しみました。‥とはいえ、夫は楽器をやらないので、息子と私の二人でのセッションです。

ショパンのノクターンから、カーペンターズ、映画音楽、Jazz など片っ端からやりたい音楽を演奏して楽しみました^^

息子は現在大学の研究室にこもりっ放し&マンション生活のため、楽器を手元に置いておくことができなくなり、久し振りの愛器との再会。

 

「やべー 全然音が出ねぇ‥(汗)」と焦っていました(;^_^A

 

「○小節目のところからもう1回やろっか!」

「ちょ‥、今のところもう少しやりたい」

「年末のジルベスター、観た?」

「観た観た。あのエンディング、かなり引っ張っとったな~w」

 

なんて会話をしながら、お互いにいろいろとこだわりもあって、いつの間にか4時間が経っていました。でも全然苦にならず、楽しくて楽しくて!気がついたら、夫も部屋に入っていて、後ろで楽しそうに聴いていました。

 

やっぱり音楽っていいなぁ‥としみじみ(^^♪

息子が小さい頃には、いくつものハードルを乗り越えること度々ありましたが、今となっては諦めずに続けさせて本当によかったと思います。

 

練習が苦になっている生徒さんにも、「音楽を創っていく」という作業を楽しめるようになって欲しいなぁと思います。

 

今年のレッスンは11日からスタート。新規の入会もスタートしますので、ご関心のある方はこのWebサイトの指導方針などをよくご確認の上、体験レッスンよりお申込みください。

 

本年もどうぞよろしくお願いいたします(^_^)/

がんばってるのに、空回りしてない?

「ちゃんと練習したのにうまくならない」と悩んでいる人が増えているようです。

よーく観てみると、確かに練習はしているのですが、その練習の進め方に「?」がつく人がいるんですね。

「つもりになっている」という盲点

図をご覧ください。ピアノがなかなか弾けない子たちをよーく観察していると、共通する練習のパターンがあります。 

 

図のように、難所に行き詰まると、前の小節へ戻って弾き直す。また同じところで詰まる。→戻って弾き直す→詰まる→戻って弾き直す・・という無限ループ。。。

 

結局、肝心の難所の部分に手を付けていないので、いつまで経っても弾けるようにはなりません。ただ悪戯に時間が過ぎているだけの練習。。。私はこれを「逃げる練習」と呼んでいます。

 

難所から逃げる、挑戦することから逃げる。乗り越える力や上達するチャンスが逃げる。

 

そして、時間が逃げる

 

このままいくと、中学生になった頃には、勉強や部活がある中で、ピアノまで両立させることが難しくなります。時間効率の悪い練習の仕方をしているので、いくら時間があっても足りなくなるです。

 

 

ここからが更に厄介なのですが、本人はそれでもピアノの蓋を閉めることなく、何度も何度もやり直しているので、「頑張って練習した」と思っています。

 

親も、子どものピアノの音が何度も聞こえてくるので、「お、今日は頑張ってるな ^^ 」と思っています。

 

 

つまり、練習した「つもり」になっているんですね。

 

「うちの子、結構頑張っていたのに、どうして合格しなかったのだろう?」と思われた親御さんは、その練習の中身(=質)に対してOKが出なかったとご理解ください。

 

 

こうしたケースは、何が問題かを把握していないんですね。言い換えれば、問題が何なのかがわかっている子は必ず直ります。弾けるようになります。

 

そして、どのように手を付ければよいのか、合理的な方法を学ぶ場が、ピアノレッスン。

我流でやるよりも、全体の体系から逆算して目の前の細部を分析していますから、合理的なのです。レッスンを受けるとは、そこを受け取り持ち帰ることが出来るか?ということに尽きるんですね。

 

せっかくの “お土産” を持ち帰らずに、我流で終わっている子は、とっても勿体ない行動をしているというわけなのです。 

 

図のような思考パターンで無自覚に自分の行動を制限している子はとても多く、労力の割に報われず苦しんでいます。勉強面でも同様の現象が起きているのではないでしょうか。

 

例えば、くもん式では入会の際、子どもがどこで躓いているかを探り、そこから更に簡単な単元まで戻ってスタートさせるそうですが、これも「問題が何なのか?」を探って、子どもたちの「わからないことがわからない」状態を整理しているのだと思います。

 

私のレッスンも同様です。

 

 

乗り越え方を経験しておくと、大人になってから様々な複雑で根気の要る場面に遭遇したときに、どのような思考と行動をとればよいのか、自分でわかります。つまり、自立できるということなんですね。

 

マニュアルに頼らず、自分で問題を発見し対処する… そのような思考になれれば、空回りから脱出できるようになり、実のある練習に切り替わることができますよ!思い当たるご家庭は、ぜひお子さんがどうやって練習しているか、観察してみてください。

ピアノと脳②楽器演奏者の脳の動き

前回から随分更新が遅くなってしまいました<(_ _)>

この夏は、西日本豪雨災害に始まり、その後も深刻な暑さがつづいて大変な毎日ですね。どうぞ皆さん、心身ともに疲れがでませんように、そしてご安全にお過ごしください。

 

さて、「ピアノと脳」についてのお話第2弾は、音楽をただ「聴いて楽しむ」のと、「楽器を演奏する」のとでは、脳の動きがまったく違うというお話です。

 

▼まず、こちらの動画をご覧ください。

前回のBlog では脳の機能分化のことをお話しました。また、楽器演奏をしているとき、右脳と左脳をつなぐ脳梁が太くなる ということについても少し触れました。これは、ただ音楽を聴いているだけのときではなく、楽器を演奏しているときに顕著に見られる働きです。

 

動画では、そのことの裏付けとして、fMRI (functional magnetic resonance imaging)という装置を使うことによって、脳の研究が一気に進んだことが紹介されています。

 

右脳・左脳を強力につなぐことにより、かなり高度に事務処理能力が働くことがわかってきたのですね。機能分化がぐんぐん進むようです。

 

何気なく楽器を演奏していましたが、自分の脳はこんなにも高度にたくさん働いてくれてたんだ~!と私自身もちょっとびっくりでした。でも、よくよく考えてみると、かなり集中して数時間練習したあとって、スポーツをしたのと同じような疲労感があります。納得!

 

皆さんも日々、しっかり頭と体と、そして心を、動かしてみてくださいネ(^_^)/

 

 

ピアノと脳①両手奏の難しさは左右の分化

いつかどこかのタイミングでご紹介したいな…とずっと思っていたこと、それは「左右の分化」という言葉です。バスティン・メソッドの講師として有名な池川礼子先生の講座(2002年に全課程を修了)でこの言葉を知って以来、自分なりにいろいろな文献を読んだり、レッスンを通じて確認したりして、蓄積しています。

 

ここ数年、両手奏の導入がすんなり入れず、投げ出そうとしたり、面倒がったりする子が増えている、もしくは二極化(抵抗なく受け入れられる子とそうでない子)が激しくなっているなと感じることがあまりにも増えてきたので、教室便りにも記事として執筆しました。

 

ここでは、少し詳しくご紹介してみたいと思います。長文になりますが、参考にしていただけるご家庭は少なくないと思いますので、よろしければ読んでみてください。


人間の脳はご存知の通り、左脳と右脳に分かれています。以下のようなキーワードがそれぞれに関連しています。

 

左脳:分析的・合理的・論理的/記憶・言語・論理/部分への着目

右脳:創造的・芸術的・直感的/情緒・空間・直観/全体像の把握

 

「私は右脳型だな」「うちの子は左脳タイプね」と思われる方もいらっしゃると思いますが、人間はどちらかに偏って脳が発達しているわけではなく、左右をつなぐ「脳梁」という部位でつながっており、以下のような流れで左右の情報を処理し、運動神経を伝って、必要な身体の部位へ指令を送って動かしています。

 

多くの感覚器からの情報が脳へ送られる

脳で運動が計画され、神経を通じて筋肉に命令がいく

筋肉の働きによって骨が動き、運動が起こる

 

 

どちらかというと、脳梁は男性より女性のほうが太いといわれており、例えば女性は電話をしながら洗濯物をたためるといった同時進行が難なくできるのに対し、男性は2つ以上の同時進行が苦手…というエピソードもあり、思い当たる方もいるのではないでしょうか。

 

(ちなみに、音楽家にはこの脳梁が太い人が多いといわれています)

 

ヒトは生まれてから発達に応じて、脳の領域ごとに役割が分かれていきます。これを「機能分化」といいます。“脳のシワ” が増えるというやつです。1歳くらいまでは、右脳も左脳もまったく同じ機能をもち合わせていて、右脳と左脳をつなぐ脳梁がほぼ完成する6歳頃までに、外圧に適応しながら、機能分化していくようです。

 

機能分化は順序立てて進みますので、ここで「6歳までになんとかしないと!」といって、早め早めに何か刺激を与えようとすると、確かにある部位は発達するかも知れませんが、それと引き換えに犠牲になる部位もでてきて、バランスを崩します。自然の流れに逆らってまで急ぐことは逆効果なので気を付けてください。

 

脳の中でも特に、「大脳新皮質」は下等動物よりも哺乳類などの高等動物が大きく獲得しており、知性や理性といった、知的行動をつかさどる部位といわれています。

 

生まれたばかりの赤ちゃんはこの大脳新皮質が未発達で、どちらかというと動物的というか、本能で生きていますよね。そして未発達なために、身体をまだうまくコントロールすることができません。

 

心身の成長に合わせて脳の機能分化が進めば進むほど、高度で複雑な動きができるようになります。赤ちゃんが左右の手を対称的に動かせても、非対称で互い違いに動かすことはできないのは、機能分化が進んでいないからなんですね。

 

さて、ピアノの両手奏は、この「機能分化」のうち「左右分化」に統制されています。

 

左右分化は、機能分化の中でも後半に現れてくるもので、ボタンをかけたり、ヒモを結んだり…といった複雑な動きができるようになるのは、左右分化が出来ているということです。年齢でいえばちょうど4~6歳…就学前後の時期でしょうか。

 

ここで、なかなかボタンが留められない、ヒモが結べないからといって、周囲の大人がやってあげてしまうと、子どもは左右分化をするための外圧を受け容れるチャンスを逃してしまいます。

 

本人もできないうちはイヤイヤが始まり、泣いたり拗ねたり怒ったり…となるので、ついつい親も「あ~ん もう!時間がない時に限ってこうなんだからー!」なんて言って辛抱できなくなって親が手を出してしまうものなのですが(笑)、親も子もここで根気強く、できるようになるまでいろんな場面を設けて繰り返し続けなくては、この左右分化という発達機能を獲得できません。

 

また、「そのうちできるようになるから」「大人になって出来ていない人はいないのだから」という理由をつけて放置するのも、適期を逃しています。

 

やり過ぎもNG、やらなさ過ぎもNG、なんですね。

 

ピアノもまったく同じです。

 

右手と左手が別々の動きをする…という行為は、非常に脳に負荷がかかり、左右分化の中でも非常に高等な芸当です。すぐには上手にできないので、イライラしたり、投げやりになったり、果てはうまい理由をつけてやらなくて済むように逃げてしまう子も出てきます。(思い当たる親御さん、いませんか・笑)

 

こんなときに「もう、そんなにしたくないんなら勝手にしなさい!」とか「別にピアニストになるわけじゃないんだから、やらなくてもいいんじゃね?」「ピアノに行ったときに先生に教えてもらいなさい」と大人が先に匙を投げてしまうと、子どもは「へー じゃあ、今は辞めてもいいんだ」となります。

 

イライラを抑える

あともうひとがんばりしてみる

理性をともなって、自分自身を克服する

 

 

… こうした行為こそが、“脳に負荷を与えている” = “脳が発達している” = “心身が成長している” ということですので、どうか、子どもたちが成長するチャンスを、「忙しいから」「いちいちそんなこと構ってられないから」というのを理由に、親御さん自身が投げやりになってチャンスを奪ったり、見逃したりすることのないよう、気をつけてあげてください。

 

バブル世代がゆとり教育を推し進めた頃から、こうした悪循環にはまっていく親子が大変増えています。そして今、このゆとり世代が親になり始めました。子どもの自由にやらせたい、子どもの自主性に任せたい、という名目の下に、間違った方向へ進んでしまっていることを大変危惧しています。

 

親子でバトルになるのが嫌、疲れる、親子関係が壊れるのが怖い… 私自身も経験してきましたから、こうした親御さんのお気持ち‥すごくわかります。でも、そこに我が子の都合よりも、自分自身の都合が優先されていないか、今一度 胸に手を当てて考えてみて欲しいのです。

 

 

子どもが社会へ出たとき、嫌なことすべてから逃げ切ることができるでしょうか?親が老人になってもなお、我が子を守り続けられますか?

 

それよりも、(よほどのことは例外として)壁にぶつかったときに、工夫を凝らして上手に生き抜く知恵や勇気が持てる、自律・自立した人になって欲しいと思いませんか?

 

子どもの自由や自主性を尊重することと、大人が適期に適切に導くこととは、どちらか一方しか成り立たない二項対立ではなく、同時に行えること、いえ、行うべきことなのです。

 

また、私がピアノの早期レッスンを勧めないのは、こうした年齢に沿った脳の発達を考えて、適期にピアノをスタートさせることが本人のために良いと判断しているからです。

 

こうした日々の成長という名のトレーニングは、週に一度ピアノへ来ただけでは習得できないのです。これについては、また次回につづきを書いてみたいと思います。

 

(つづく)

 

『親心』

大阪、肥後橋「HAJIME」のオーナーシェフで、米田 肇さんという方がいらっしゃいます。

立場は違いますが(ましてあちらは大変著名な方ですが)、後進に指導する立場での考え方、伝えたい思いに共感し、「そうそう、私もそういうことが言いたいの!」と頷くことが多い記事をたくさん書かれています。

 

今回、その中でも「わが意を得たり」と思った素晴らしい記事がありましたので、ご紹介させてください。日々、私も同じことを考えながら、生徒の皆さんに繰り返し繰り返し伝えています。

 

「褒めて育てる」という考え方だけでは なぜいけないのか。

教室のコンセプト「たのしく きびしく おもしろく」

― この中に敢えて「きびしく」も入れたのはなぜか。

 

ぜひ読んでみていただきたいです。


『親心』
  
「おいおい、そんなこともできないのか?」
  
この業界に入り、10年くらい経験してきた経験者でも基本の作業ができていないことがあり、驚くことがあります。
 
これはまず本人自身の勉強不足、練習不足、分析不足が基本にあるのですが、それでも、
 
「なぜ、この子の周りにいた人は、今まで誰もきちんと教えてあげなかったんだろう」
 
と私は正直本気で腹が立ちます。
 
誰も面倒をみてあげなくて、指導をしてあげなかったから、このように今になって基本的なことでつまずく羽目になっているのです。これまで周り人は何をしていたのでしょうか?こんな状況が良いわけがありません。
 
だからこそ、私はどんな人にでも
 
間違っているものは、間違っている。
正しいものは、正しい。
 
ときちんと伝えるようにしています。
 
間違っている時や勘違いしている時はどんな些細なことでも見逃さずに、オブラートに包まずにきちんと伝えるようにします。
 
その内容は、技術的な面はもちろんのこと、「なぜそうなっているのか?」「なぜそうなってしまったのか?」という根源にある本人の適当さや精神の弱い部分についてもきちんと話します。
 
伝えられた相手はキツく感じ、落ち込むことやウザいと感じることもあると思います。それでもきちんと伝えることが大切だと思うのです。なぜなら、それは当の本人が後々になって困らないようにするためです。それは正に
 
「親心」
 
なのです。親は将来自分の子が困らないように生きる術を教えていくものです。それはできるだけ早い方が良いのはわかると思います。
 
もちろん、伝え方やタイミング、時には伝えずに見守ることも大切です。それでも、それは本質を理解してもらうための方法であって、伝えないということではありません。大切なことは、後々のことを考えてできるだけ早い段階で理解してもらうように努めることです。
 
特に技術職の仕事はたくさんの技術を覚えていかなければいけません。そのため正確に覚えていかなければ、後々適当なものの積み重ねになります。きちんと中身の詰まったブロックであれば、高く積み上げられるように技術も同じなのです。もし中身がカスカスのブロックであれば、どこかでブロックが崩れてしまいます。そうなると、何をしてもいい結果が出なくなり本当にかわいそうなのです。
 
逆に「子心」を考えると、注意をされた人は大抵落ち込んだり、へこんだりすることが多いですが、修正することはできるだけ早い方がいいので落ち込んでる場合ではありません。間違いに気付いたら、できるだけ早く修正できるような対策を練り、正しい方向に導けるように策を練る必要があります。なので、逆に指摘されるようなことがあれば、早い時期に気づくことができて「ラッキー」と思うくらいに思うといいです。
 
技術をつなぐこと、そして、その技術を超えることで多くの技術は進化をしてきました。だからこそ、教える人は「親心」をもって、次の社会をつくっている気持ちで指導をしていかなければいけませんし、学ぶ人は真摯な心で丁寧に学び、前の世代を超えていく気持ちが大切だと思います。
 
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先日、昔うちで働いていた京都にあるMOTOIの前田元シェフが食事に来てくれました。その時に、
 
「あの当時、叱れてばかりで正直理解ができなかったですが、今は上に立った時にやっと理解ができて、本当に宝物をたくさん持たせていただいたと感謝しています!毎日毎日ハジメさんの言葉を思い出します!」
 
と、とてもうれしい言葉を伝えてくれました。
 
「今すぐでなくてもいい、いつかわかればいい」そう思って伝え続けた言葉をきちんと持ち続けてくれて、今はシェフとして活躍してくれていることが本当にうれしく思います。

子どもの歩調

「せんせい、だれかほしい人にあげてー」といって続々と作品が搬入されておりますw
「せんせい、だれかほしい人にあげてー」といって続々と作品が搬入されておりますw

只今、ゴールデンウィークの真っ最中。休日の中日は普通に学校で、このあたりのほとんどの小学校では春の遠足、っていうところも多いようです。暑い一日でしたが、無事に楽しく過ごせたでしょうか?夏日が続き、少しずつ春から初夏へと季節が移り変わっているようです。

 

***

季節の変わり目は、子どもにとっても心身の疲れが出やすいとき。

 

ゴールデン・ウィークは、4月の進級・入学で緊張のつづいた1か月をひとまずやり抜き、子どもたちが休憩できるお休み期間でもあります。

 

行楽日和であちこちへお出かけ…というご家庭も少なくないと思いますが、たまにはどこへも出かけず、家でのんびりと過ごしながら、思い切り子どもたちを甘えさせてあげるのも、子どもたちにとって大変よい充電になります。

 

レッスンにやってくる子どもたちが不安定になっていることが多いのも、じつはこうした長いお休み明けが多いんです。五月病という言葉があるくらいで、気温、気圧の変化とも合わせて心身共に疲れやすくなるのでしょう。

 

お休み明けに学校や幼稚園に「行きたくない」とぐずってしまう… そんなときは、充電が足りていないかも知れません。4月中に学校や幼稚園で何かにつまづいていないか、子どもたちの心模様をそぉっと尋ねてみてあげてください。

大人が思っているよりも想像以上に、子どもって本人も自覚のないまま我慢していることがあります。なーんにもしないで、ただのーんびりして、あとはパパとママがニコニコ・ゴキゲンでいるのが一番の薬です^^


***

私が子どもの頃、休みの日にピアノやエレクトーンを練習していると、父がよく珈琲を片手にやってきて、「最近は何を練習しとるんや?(父は関西弁をしゃべります)」と言っては合格した曲を聴くのを楽しみにしてくれていました。

 

「おぅ、ええなぁ。上手くなったなぁ」と嬉しそうに、「もう一回、弾いてみて」と何度も同じ曲をリクエストしてくるのです。私も得意になって、片っ端から合格した曲を披露しました。(これがかなりの反復練習になっているとも知らずに・笑)

 

そうこうしていると、母や妹もやってきて、家族を前にちょっとしたミニコンサートに♪

両親は楽譜がまったく読めない人たちでしたが、音楽が好きで、我が子に楽器を習わせることができたことを、心から喜んでいる人たちでした。幼い私も、そのことが嬉しくてモチベーションの一つにしていたのかも知れません。

 

ピアノを習わせているけれど、教室へ入れっぱなしで、家庭でそのことを楽しんでいるご家庭って、案外 少ないのではないでしょうか。ぜひ家族ぐるみで音楽を楽しむ時間をゆっくり作ってみることをご提案します。ステキな思い出になりますよ(^^)

発表会 終了&新学期スタート☆彡

先日、発表会を無事終えることができました。出演した生徒の皆さん、お疲れさまでした\(^o^)/

 

発表会デビューした人、もう数回目っていう人、そろそろベテランの域に入ってきたお姉さんたち… みんなそれぞれの精一杯を、ステージで披露してくれました。

 

感想はどうだったかな?

 

おうちの方や、おじいちゃん・おばあちゃん、お友だち…皆さんからはどんな感想をいただいたでしょうか。

 

「緊張した~!」

「弾き始めたら結構大丈夫だった!」

「最初はイヤだったけど、今はまた弾きたい!」

 

等々、みんなよい感触だったようです(^^)

特に低学年さんやそのご家庭の方々からは、「プログラムの後半のお姉さんたちがすごかったです~!」というご感想をいただきました。(ありがとうございます!)

 

大きくなったら、あの曲が弾きたいな…!

うちの子もいつか、あんな曲が弾けるようになるのかしら…?

 

そんな声が聞こえていました。

お姉さんたちは皆、小学生の頃に基礎基本をしっかり学び、毎日コツコツを積み重ねてきた人ばかりです。

 

レッスンで出される課題は、決して難しいことは出していませんが、それだけに、「そんなに難しくないからあとでまとめてやっちゃえばいいや~」と後回しにし、結局レッスン間際になって慌てて “やっつけ仕事” のようなことをしている人は、決して基礎基本は身に着いていません。

 

身に着かないまま、下手にテキストだけが進んでしまうと、譜読みもままならず、指は思うように動かず、やがて「勉強が大変になったから」「部活が忙しくなったから」という理由のもとに、ピアノを挫折する…という構図になっていく人は少なくないんですね。

 

中高生からは、確かに勉強と部活が大切!

 

ここからは、私も「毎日練習しなさい」とは言わなくなります。「忙しいときは練習できなくてもいいし、上手に時間を見つけて集中して曲を形にしておいで」「週に一度、息抜きのつもりで来たらいいよ」と話しています。

 

これが言えるのは、「限られた時間内で効率のよい練習方法を小学生のあいだに徹底的に叩き込んでいるからこそ」という確信があるからなんです。言い換えれば、私は小学生のあいだは厳しい先生なのですが、学年が上がるごとにやさしくなっていきます(笑)

 

(その代わり、弾けても弾けなくても、それは本人の責任にしますから、見方を変えればある意味これも厳しいんですけどね^^; )

 

その証拠に、在籍している中高生には、成績は上位キープ、部活ではキャプテンや部長、塾も行ってます…と、主体的にやっている子たちがほとんど。ピアノも両立できています。

 

あれもこれも本当にできるものなの?と驚かれる親御さんも多いのですが、時間のつくり方、効率のよい事務処理能力と気持ちの切り替えといったスキルを、レッスンの中で身に着けているから可能になっているんですね。

 

プログラム後半で演奏された大曲は、そのようにして完成されています。

 

小学生の生徒の皆さんも、いつか自分が「あのお姉さん(お兄さん)みたいに弾きたいな!」って思ってもらえるような、憧れの人にぜひなってくださいね。そのなり方はしっかり伝授しますので(^_-)-☆

 

***

というわけで新学期も始まり、心機一転、また新たな目標へ向けてレッスンがスタートしています。発表会後は少しのんびりしつつも、がんばっていきましょう\(^o^)/

卒業2

いやらしくなるので、あまりこういうものを投稿しないことにしているのですが… いつも多くのご家庭からの折々のお心遣いに感謝しております<(_ _)>
いやらしくなるので、あまりこういうものを投稿しないことにしているのですが… いつも多くのご家庭からの折々のお心遣いに感謝しております<(_ _)>

「春からどうするか、考えておいてね」

 

数か月前、そう伝えておいた高校2年生のRちゃん。中学受験や高校受験の場合は、数か月お休みしたあとは復帰…という子が多いのですが、大学生になると県外へ出る子も多く、通常、ほとんどの生徒は大学受験を機に、うちの教室を卒業することが多いのです。

 

先日、「今月で卒業…しよっかなーって…」と、ポツリと言いました。

 

おお… そうなのか、そうなのね…!と、わかってはいるものの、この瞬間って何年やっていても慣れませんね、寂しさが急に押し寄せてきました。でもここはドライに(笑)

 

「今度のレッスンには、母も挨拶に来ると言っていますので」とRちゃん。

 

次のレッスンにはお母さんもいらしてくださり、少しお話しました。Rちゃん母子は、気ごころの知れた友人のような、時には姉妹のような、仲の良い母子なのが伝わってきていました。お母さんが連絡事項があるときに送ってくださるメールも、私への敬意のこもった、メールマナーをわきまえたとても丁寧なメールで、お人柄がうかがえるような方なんです。

 

この日のレッスンは、連弾の練習でした。Rちゃんがプリモで、私がセコンド。

 

チック・コリアの「スペイン」という曲で、私の大好きな曲でもあります。ラテンのリズム特有の、裏拍にある気怠さ、泥臭さ、物悲しさ…といった目に見えない“行間” を伝えるのって、なかなか難しい。

 

でも、私の息づかいを感じ取りながら、懸命についてくるRちゃんの成長ぶりが嬉しくて。

別に弾いている曲も、何度も格闘しているのでしょう、楽譜のページがちょうどめくれるあたりで破れています。私の楽譜にも同じように破れてしまうページがいくつもあって、ああ、こういうところまで似てしまうのねぇ^^; と苦笑い。

 

「あと残り数回、楽しくやろうね!」といってこの日のレッスンは終了。

挨拶をして退室したかと思いきや、ドアのところで何やらRちゃんと誰かの声。「せんせーい!あのー…」呼ばれて行ってみると、Rちゃんのおばあちゃんがいました。

 

あら!さっきはお母さんで、今度はおばあちゃんまで!!

 

おばあちゃんは、Rちゃんがうちへ習いに来たことでピアノが益々好きになったこと、教室を卒業することを決めたとき、泣きながら両親へ報告していたこと、とても感謝している…といったことを話してくださり、もう泣きそうでした。(少し泣きましたw)

 

私が伝えたいのは、自分と向き合い、自分に嘘をつかないこと、ごまかさないこと。そのような心構えを持っていれば、ピアノは誰にでも弾けるようになります。いえ、ピアノだけでなく、いろいろなことを乗り越えられるようになります。Rちゃんは既にその心構えを持っていましたから、レッスンで教えることは簡単でした。スポンジのようにスゥ―ッと吸収していったのです。

 

次々といろいろな曲を渡してきましたが、そのたびに自分の限界を突破して、自分の世界を音楽へ投影し楽しそうに弾いている姿を見て、「この子は本当に音楽が好きなんだなぁ」嬉しく思ったものです。

 

放任もせず、過保護にもせず、ちょうどよい距離感で彼女を見守り続けた、ご家庭の子育ての賜物だと思います。ピアノを長く続けられる子というのは、本当に不思議なくらい、ご家庭の姿勢に共通するもの(click or Tap!)があります

 

Rちゃんは既に志望校を決め、勉強もがんばっているようで、良い評価も出ているようです。彼女も、先のEちゃん同様、きっと自分の決めた道を進むに違いありません。それだけの力を、Rちゃんはピアノを通じて身に着けましたから!

卒業1

「先生に会いに行ってもいいですか?」数か月前に届いていた嬉しいメール。大学受験を機に、うちの教室を卒業した生徒からです^^

美術系の学部へ進学する彼女からのPOPな作品♪ 学校・画塾・ピアノの両立をがんばりました
美術系の学部へ進学する彼女からのPOPな作品♪ 学校・画塾・ピアノの両立をがんばりました

彼女はすでに、推薦で国立大学の合格を手にしていたのですが、同級生のみんながセンター試験や前期試験のためにがんばっているあいだは、ウキウキ気分でうちへ遊びに来させるのは違うかな‥と思い、前期試験が終わってからにしようね、と伝えていました。

 

***

もう時効なのでいいかな…と思いますが(本人のOKも貰いました)、ちょっと今回のケース、とても大切なことだと思うので、長くなりますが、ご紹介させてください。

 

***

彼女Eちゃんが初めてやってきたのは、幼稚園の年長さん。

 

うちへ入会するまでに、すでにいくつかの教室を回ったそうです。とにかくお母さんの“抱っこ” から離れようとせず、お母さんが下ろそうとすると、コアラのようによじ登って、床に足をつけようとしません。

 

無理やり下ろすと、今度はピアノの下に潜り込んで、とにかくピアノの椅子に座ろうとしないのです。貝の中へ閉じこもっているかのようでした。

 

それでも、母子で何かを感じたのでしょうか、うちへ入会をすると申し込まれたのです。私は、このEちゃんをどうしようか…正直、途方にくれました。

 

何週間も何週間も、レッスンへ来てもお母さんから離れません。仕方ないので、お母さんの同伴を認めて入室してもらいました。(うちでは、生徒の自立を促すために、レッスンの同伴を認めていませんが、アポなしでいつでも何回でも参観はしていいことにしています)でも、レッスンにならずに帰らせるときもありました。

 

3か月ほど経った頃、決意しました。

 

「お母さん。もう今度から付き添わないで、Eちゃんだけを入室させてください」

 

母子離れができていないため、お母さんは困惑したと思いますが、私のキッパリとした雰囲気に圧倒されたのか、家でよくよく話し合いをして、翌週Eちゃん母子はやってきました。

 

玄関でお母さんとバイバイをしたEちゃん。観念したようで、なんとアッサリお部屋へ入ってきて、そのままピアノの椅子に座ったんです!その日、何の問題もなく、アッサリとレッスンができたのでした。

 

私は「やっぱり…!」確信しました。

 

いつまでもお母さんから離れられないと思っていたEちゃん。じつは、離れられなかったのは、Eちゃんではなく、お母さんだったのです。

 

心配のあまり…という気持ち、「わが子にはこうなってほしい」という願い、母親の愛情やエゴが綯交ぜ(ないまぜ)となり、Eちゃんをがんじがらめにしている。そう思いました。小さなEちゃんは、自覚はないもののそのことを心と体で感じ取り、不安定になっていたのです。

 

Eちゃんがすっかり落ち着いた頃、お母さんのレッスン参観を許可しました。

 

お母さんは入室できなくてずっと心配だったのでしょう。Eちゃんが少しでも間違えそうになると、レッスン中にも関わらず、「Eちゃーん、そこは違うよ~」と後ろから声をかけるのです。これは完全にNG。レッスン中に指摘を入れるかどうかの判断は先生の仕事であって、お母さんがすることではありません。
 

その後も、合格しないのはどうしてか?と質問してくる、レッスンでどんなことをしたのか記録をとってほしいとノートを持ってくる(貴重な30分間のレッスン時間がノートを書く分減ってしまい、指導計画がズレてしまう)、家での様子を報告してきては、テキストはこれを使ってほしい、自分で集めた別の先生の指導方法を導入してほしいとリクエストしてくる、そこまで熱心なわりには発表会をはじめとする教室の行事に参加しない…等々。

 

おおよそ、ピアノの先生や教室に対してやってはいけないマナー違反をことごとくされ、ほとほと困りました。ピアノ教師はさまざまに指導法の勉強をし、よいと思うものを選択しています。すべてに理由があってしていることなのです。ピアノの経験のある親御さんほどやりがちなNGなので、ぜひ気をつけてみてください^^;

 

お母さんが先生を信頼していないうちは、子どもも先生を信頼しません。

 

Eちゃんはレッスンで習ったことよりも、お母さんが集めた情報下の指示で練習している様子が見受けられ、まったく指導が進みませんでした。

 

私が初めて、廃業を考えるまで悩んだ生徒です。円形脱毛症にまでなりました。

 

やんわり、ときにはキッパリと、私の考えも辛抱強く伝えながら、少しずつお母さんに習い事をさせる際の心構えをお伝えしました。それと比例するかのように、Eちゃんのピアノもよくなっていったのです。

 

「子は親の鏡とはよく言ったものだな…」と痛感しました。

 

私自身も過保護タイプの母親なので、自分の子育てを振り返る機会となったように思います。

 

結局、Eちゃんは中学生になった頃から、お母さんの呪縛(?)から上手に距離をとれるようになり、自分の夢を見つけ、レッスンの合い間には時折、自分の中で大切にしている想いを打ち明けてくれるようになり、私との関係も見違えるほど融和していきました。ピアノも、学校の合唱コンクールの伴奏者に選ばれるまでに成長しました。

 

そんな様子を見て、もうお母さんもレッスンに介入することはなくなり、Eちゃんを見守れるようになったのでした。

私たちの世界では、教師のほうから退会通告をするのはご法度…という雰囲気があります。

 

どんな子でも、縁あって門を叩いて来てくれた子なら受け入れ、その子に合った指導法の引き出しを広く持つのが、ピアノ教師の務め。

 

そうはわかっていても、何度匙を投げようとしたかしれません。

 

そんな中で、いろいろあったEちゃんとの十数年間を振り返り、匙を投げなくてよかった…と心の底から思います。

 

「子育ては自分育て」といいますが、「生徒育ても自分育て」だなと、私はEちゃんから教わった気がします。

 

感情を出さず、ずっと自分の殻に閉じこもっていたEちゃんが、私に会いに来てくれるまでに主体的になった。道半ばでピアノを辞めるのは“挫折” 。音楽的自立ができるようになった時点で、ピアノは “卒業” です。心を込めて描いてくれたピアノの絵は、私の宝物になりました。

今日は高校の卒業式。これから大学生活という新しい希望に満ち溢れた世界へ飛び出すEちゃん。素晴らしい人生を送って欲しいと思います。その傍らに、いつも音楽があなたを慰め、励ましてくれることを忘れないでいてくださいね。

 

卒業、おめでとう!

勝負強くなるには?

レッスンでは、音の響きや音色はもちろん、休符の間合いや弾き終えたあとの余韻までこだわって指導します
レッスンでは、音の響きや音色はもちろん、休符の間合いや弾き終えたあとの余韻までこだわって指導します

只今、Lippia Music Room は発表会へ向けて練習の真っ最中。どの子も譜読みを完了して、次のステップへ移っています。インフルエンザが猛威を振るい、とてつもない寒さが続いていますが、負けずにみんな本当によくがんばっています。本番が楽しみです(^^)

 

本番といえば、ちょうど今は受験シーズンの真っ最中ですね。受験は、本番で日頃の努力を発揮することが求められる勝負の場!

 

私の場合は音楽大学を受験していますが、本番のたった一回の演奏で、1音でもまちがえればそこで終わり。「練習のときには弾けていたんです」という言い訳が一切通用しない、ほかの教科で点数をカバーすることもできない、一発勝負の厳しい世界でした。

 

私が進みたかったコースは、専科としてカリキュラムを持っている音大は当時国内には3校しかなく(あとは幼児教育科内の併設コースばかり)、残りの2校には魅力的な先生がいらっしゃらなかったこともあって滑り止め校を受けなかったので、まさに「退路を断って」の勝負でした。(今から思えば、なんて恐ろしいことをしていたのでしょう~w)

 

受験期には県内外の著名な先生方のレッスンを受けに出掛けていたのですが、「どうすれば本番で緊張しないで100%の力が出せますか」という私の愚問に、どの先生も口をそろえて「練習するしかない」とおっしゃいました。

 

「当日は、慣れない場で挑むので、どうしても力は目減りする。100%の努力をした者は80%の力、80%の者は60%‥では、100%を出したいなら、どうするか?毎日120%以上の努力をしなさい」と。たとえ緊張して頭が真っ白になったとしても、それくらいの努力をしていれば、指が勝手に動いてくれる…という意味です。

 

ところで、この質問がなぜ “愚問” かというと、「そんなの、当たり前じゃん」とどの先生も苦笑なさったから。この「当たり前」のことが当たり前にできない… ここに、本当の勝負の分かれ目があることを、私も今ならよぉ~くわかります。本当に愚かなことを質問したにも関わらず、先生方は面倒がらずにちゃんと答えてくださり、厳しくもお優しかった。今も第一線でご活躍の先生方ばかりなんですよ^^

 

「過程が大切なんだから、失敗したっていい」という言葉を、先に逃げ道として自分で使ってしまうのと、本当に努力をした結果 奇しくも失敗してしまったときに周囲から言われるのとでは、その大切にするはずの「過程」にゆるみが生じ、本人のこれから先の大切な場面での集中力や勝負力に、きっと大きな差が出てくるのではないでしょうか。

 

まずは、子どもたちの持つ潜在的な力を信じて引き出し、自信へとつなげる体験をして欲しい ――「発表会」はそれを体験する貴重な場なのです。

 

絶対音感のメリット・デメリット

1月31日にフジテレビ系列の番組「ほんまでっか!?TV」で、『音楽が人生に影響を与える』と題していろいろなケースが紹介されていましたね。その中で、絶対音感についても紹介されていました。ご覧になった方も多いのではないでしょうか。

 

▼番組内容のまとめ

http://peach34.com/honmadekka_music2/

 

うちの教室では、ひらがなが読めるかどうかを入会の基準にしているのですが、「もっと早くに入会しないと、絶対音感がつかなくなりませんか?」とご心配になる質問が時々あります。

 

『絶対音感』

 

これがつくことで、どんなことを期待するのでしょう?

 

ちなみに私のレッスンでは、ソルフェージュを積極的に取り入れているため、自然な形で音感がつくように設計されているのでご安心ください。音感がついても、リズム感がつかないとマズイので、バランスよく総合的に感覚を養えることが大切です。

 

それよりも何よりも、ご家庭で音楽を取り入れているか?ということのほうが大切になってきます。

 

大音量でテレビの音がしている横で、ガチャガチャと掃除機や台所の音がしている、その傍では大ゲンカが巻き起こって… みたいな環境ですと、子どもたちの耳は麻痺しやすくなるでしょう。音に鈍感になっていきます。

 

もちろん、生活しているのですから、そのような生活騒音は仕方のないことですが、時にはテレビを消して、綺麗な音楽を流して楽しんだり、車の中で流す音楽も、大人の好みばかりではなく、子どもたちが歌いやすいシンプルな曲を流してあげたりすることで、子どもたちは音楽に興味をもち、 “ 耳をすませる ” という行為を覚えるようになります。

 

教室へ入会する前からこのような習慣があれば、絶対音感はつきやすいですが、教室へ週に一度連れてきたくらいでは完全なものにはならないことを知っておいていただきたいなと思います。

 

ちなみに、絶対音感がつきすぎると日常生活がつらくなることも、番組で紹介されていましたね。少しでもピッチが違うと気分が悪くなる…私もそうです。

 

私の場合、弦楽器や管楽器などの音になると、少し聴き取りづらくなる傾向があります。また、集中したいときに音があると、そちらのほうへ耳が持って行かれてしまい集中できなくなるので、デスクワークをするときには、部屋を無音状態にして過ごしています。レッスン後は一旦無音状態に身を置かないと、頭の中が非常に疲労しているという自覚症状もあります。

 

▼「わかる!」「あるある!」と言っている人たちのツィートまとめ

http://chantwi.seesaa.net/article/456581997.html

 

絶対音感とは反対に、相対音感というのもあって、私はどちらかというと相対音感の方をつけたかったな…とじつは思っています。これがあると、転調もラクラク、自由にアドリブができる人が多いんですよね^^;

 

…というわけで、何が何でも「絶対音感!」という神話には、もう少し肩の力を抜いて、気を楽にしてみましょう。美しい音楽が聞こえてきたら、思わず口ずさんだり、リズムをとって体を動かしたり… そんなシンプルなことから始めてみればいいんですよ(^_^)/

 

 

あけましておめでとうございます

新しい年が明けました。お正月は楽しく過ごされたでしょうか^^

年始には、毎年恒例のお楽しみ、皆さんからの年賀状を嬉しく見せてもらいました(^^)

やはり自分で書いた文字や絵の描かれた年賀状は嬉しいものです。

 

最近は、SNSなどで年始の挨拶を済ませることが増えてきましたが、年に一度、「ん~ なんて書こう!?」と悩みながら手書きの年賀状をしたためる―― こんな経験はしておいた方がいいのかなと思っています。

 

えんぴつやボールペンで書くのはNG、ペンは黒か青がベター、宛名には○○ ○○様(先生の場合は○○ ○○先生)と敬称を書く・・等々、最近は手紙の書き方を知らない子が増えてきました。もしかすると、親御さんさえご存じない世代に突入しているかも知れませんね。

 

知人に、「パソコンの時代、これからは手書きの文字がキレイというだけで、自分の得意なこととして自己PRに使えると思うの」といって、熱心に硬筆と毛筆を習わせていたママ友さんがいましたよ。確かに、字がキレイな人って一目置かれますものね。

 

***

さて、我が家も家族が久し振りに揃い、のんびりとした三が日を過ごさせていただきました。

 

ピアノの先生って、家で好きなことを仕事にしていられて、優雅でいいなー と思われている方が結構いらっしゃるようなのですが、全然そんなことないんですよ。

 

レッスンのある日はいつも、夕方からのレッスン開始時間から逆算しながら、日中のToDo を30分刻みでこなしています。このライフスタイルが沁みついているからか、今では時計を見なくても大体30分経ったかどうか、体内時計でわかるようになったくらい^^;

 

そんなわけで、あとの時間を気にせず家のこまごまとしたことが出来るお休みは、私にとって充電の時間でもあります。

 

楽譜制作などで出た紙モノのファイリングや整理をしたり、仕事抜きで好きな音楽を聴き続けたり、…まぁ、そういうことをしているうちに「あ、これ○○ちゃんのレッスンの時に使えそう」「○○ちゃんに聴かせようと思っていたCD、ここにあった!」なんてことになり、いつのまにかお仕事モードになっているんですけどね。公私の切り替えが難しいお仕事をするってチョット大変です^^;

 

帰省中の息子と弾き初めもしました(^^)

ちょうど、新しく連弾の楽譜を手に入れたばかりだったので、初見大会♪

 

彼が小さい頃は、私情が入らないよう私がレッスンすることはありませんでした。私の師匠のところへ通わせていたのですが、コンクール上位が常連というような子も在籍しているコースだったせいもあり、小学1年生のときから高校2年まで、毎日2時間の練習は欠かしませんでした。(もちろん、元日も!)

 

プロにするつもりもないのに可哀相だったかな…と反省しているのですが、「おかげでサークルでも初見が強いから重宝がられてる」と、本人はまんざらでもなさそう。今、息子は大学生活の傍ら、学生ビッグバンドに所属していて、演奏活動もしています。メインは管楽器ですが、キーボードやドラムも時々するらしい。

 

しっかりレッスンで基礎を叩きこまれていれば、こんなふうに大人になってからも音楽を楽しめるようになります。

 

途中で辞めてしまうと、残念ながら演奏の楽しさを知る領域まではなかなか残れないので、ソナチネレベルあたりまではがんばってみて欲しいところ。

 

そのことを意識して、私のレッスンは、基礎を学ぶ期間は、椅子の座り方から始まり、かなり細かい部分まで厳しいのですが、中学になる頃を境に、だんだんと本人の自主性に任せ、ゆるくなっていくのが特徴。

 

その年頃になれば、周りの大人にとやかく言われなくても、自分がよーくわかっているはず。「言われて嫌々やるよりも、自分の責任でしっかり結果を出しなさい」と言って、わざと突き放す方針へ切り替えています。(これはこれで、ある意味もっと厳しいともいえますが)

 

放任されても一人で結果が出せるだけの基礎基本を叩きこんでいるからこそ、突き放すことが出来るんですね。

 

今年もまた、皆さんの成長を楽しみに、「たのしく・きびしく・おもしろく」で音楽を自分のモノにしてくれる自律した子ども達がたくさん生まれることを願っています。本年もどうぞよろしくお願いいたします(^_^)/

 

***

新規レッスン生の募集は、2月頃からを予定していますので、告知までもうしばらくお待ちください。

自分は変わる!変えられる!

最近、目覚ましい成長を見せてくれているK君。

レッスンルームに入ってくるなり、顔がニヤニヤしているので「お、今日も練習バッチリだったんだな^^ 」と丸わかり(笑)

 

「もしかして、今日もバッチリ?」

「うん、バッチリ(^^)」

「すごいじゃん」

「だってぇ 先生、かーんたん!」

「簡単だった?」

「うん、かーんたん!」

 

どれどれ?ではお手並み拝見といきましょう… というわけでレッスンをスタートしてみると、おっ☆本当にちゃんと弾けています。

 

「わぁ~ K君、ほーんとだ。ちゃんと練習してるねぇ\(^o^)/」

K君、ニヤニヤ(笑)

 

「俺、宿題も もう終わらせたもんねー」

「宿題って、学校の?」

「そう。作文。ピアノのこと書いた!」

「え?ピアノのこと?」

「そう。“今日一番がんばったこと” っていうのが題」

「お~ ピアノをがんばったから、ピアノのことを書いたってわけね!」

「そーそー (^^)」

 

彼は決して器用なわけではないのですが、言われたことを素直にそのまま、家でも続けて練習しているんです。初めてうちの教室へやってきたときには、ピアノの宿題なんてめんどくせー!と言って私に叱られちゃったくらいだったんですよ^^;

 

ピアノは毎日やらないと弾けるようにはならないという認識がようやく根付いてからは、やればやるほど、それまで自分の中でチンプンカンプンだったことの点と点がつながって、「わからなかったことがわかる」状態になり、それが嬉しくて楽しくて、またやる気になる…という好循環に入りました。

 

そのためには、彼のご家庭もおうちで声がけをしてくださっているようです。お母さんの意識が変わったことで、お父さんやおじいちゃん、おばあちゃんも応援してくれて、みんながK君を見守ってくださっています。

 

自分が変わったことで、周りの大人も自分に対して見る目が変わった… それがK君の自信になっています。だからこそ、今度はピアノ以外の勉強や私生活にも波及してきたのだと思います。

 

自分は変えられる!

私もみるみる成長していくK君に週に一度会えるのを楽しみにしています。そんな子どもたちがほかにもたくさんいます。

 

自分の花を咲かせることが出来るようになるまでに、K君のように割と早めな子もいれば、中学生になってから…という遅咲きの子もいます。やることは本当に極シンプルなこと…それを、忘れずに素直に(←ココ大事!)継続できるか、その継続を面白がれるか… ここに、早い・遅いが出てきています。(実践しない子は、残念ながら花が咲かないままピアノから離れるのも確かです。)

 

 

(´-`).。oO(それにしても、K君の書いた作文… 読んでみたいなぁ~)

 

倉敷市学校音楽祭

今年もこの時期がやってきました。「倉敷市学校音楽祭」

倉敷市内の小学5年生(一部他学年含む)と、中学・高校の吹奏楽部が一堂に会し、歌や合奏を披露し合う年に一度の大きな音楽行事です。私たちが子どもの頃は、「市民音楽祭」と言っていました。その当時から、幕間で「歌えバンバン」を歌っていたんですよ。毎年聴いても懐かしい(笑)

 

今年も、各小学校の音楽の先生方の趣向を凝らした選曲とアレンジを拝聴しました。ここ数年の傾向として、ラテンやポップスの曲を取り入れる学校が増えているようです。それだけ、子ども達が楽しく演奏できるよう‥とのお考えがあるのでしょうか。

 

昔ながらの古い歌にも良さがありますが、やはり子ども達は現代のノリのよいリズムの方が食いつきがいいようです。

 

ラテンやポップスは、楽しんでいる人達の雰囲気の中でノリやグルーヴ感というのが自然に生まれてくるもの。「ここでこうやって、先生の指揮を見て体を動かして、音楽に合わせなさい」といって指導されてやることではないんですね。

 

専門的なことをいえば、強拍と弱拍の取り方、どちらにアクセントを持ってくるか等、クラシックとポップスには正反対の解釈が必要になります。しかも、頭で理解しているだけではなかなか体は動かず、リズムに乗り切れません。

 

基礎はしっかりと身につけながらも、いろいろなジャンルの音楽を柔軟に受け入れられるセンスを磨きたいものですね。

 

※場合によっては‥特にクラシックでは、無駄に体を動かしすぎて拍感が悪くなる場合もありますので、曲のTPOによって体の使い方はコントロールする必要があります。なんでもかんでもノリノリで弾く方がよいと鵜呑みにしないでくださいね。

 

****

それにしても、子ども達のあの純粋な声って心打たれます。コンクールにエントリーする合唱団のようなハイレベルなものではないのに、ステージから生命力が溢れ出ていて、私自身、音楽の原点へ戻されるような思いをします。

 

うちの生徒さん達も、体が自然に動いていて、音楽を感じながら堂々と演奏してくれていました。学校での練習のときにも、先生から褒められたり、困っている子のサポートをしたり、がんばっていたようです。「Lippia 先生のところで習ってる」というと、「じゃあ、もう少し弾けるパート増やしても大丈夫ね」なんて言われた子もいて(笑)、学校の先生にも覚えていただいているようです。

 

日頃伝えたいと思っているレッスンの成果が出ていて、とてもとても嬉しかったです。

 

今年も素敵な歌や演奏をありがとう。先生方もお疲れ様でした(^_^)/

兄弟だからこそ・・・

「同じ私の子で、同じ環境で育てているのに、なんで正反対なんだろう?」

兄弟姉妹を育てていて、こんな疑問を感じている方はいませんか?

 

不思議ですよね。同じように育てているのに、兄弟ってなぜあんなにバラバラに個性が散らばっているんでしょう。

 

これには、生物学的にちゃんと理由があります。生きものというのは、いかに多くの遺伝子を残し続けられるかという命題に向かって、生の営みを続けています。

 

例えば、突然 流行性のウィルスが蔓延したとします。どの遺伝子もまったく同じだったら、全滅してしまいますよね。ウィルスに弱い遺伝子は淘汰されたとしても、耐性のある遺伝子があれば、その種(しゅ)は生き残れる。だから生きものは、できるだけいろいろな種類の遺伝子をたくさん産み出そうとしていて、これは自然なことなんです。

 

人間も同様。なので、同じ両親から生まれた子どもでも、どの子もみんな違っているというわけなのです。違っていて当然なんですね。

 

習い事も、その子 その子に合ったものを選ぶのはとても大切。ピアノが向いている子もいれば、鍵盤楽器じゃなくて管楽器や弦楽器の方が合っているという場合はあり得るのです。

 

「下の子も上の子と同じように習わせないと、あとになって『どうして私だけ習わせてくれなかったの』と言われちゃう」と、単純に思わない方がいいかも知れません。

 

兄弟姉妹による向き・不向きの傾向ってあるのかも知れませんね。そういう研究をしている人っていないのかしら。おもしろいですよね(^^)

 

*****

このことをふまえて、うちの教室では最近、ご家庭のご協力を得て、あるトライアルをしています。これは長年、私が試してみたいことでした。

皆さんの中には、兄弟の送迎を一度に済ませるために、同じ曜日に、連続した前後のレッスン枠へ入れて、教室へ通わせている人はいませんか?兄弟姉妹を一度に教室へ送り届ければ、まとまった時間が空くので、主婦としては忙しい夕方は助かりますよね。

 

トライアルでは、このお母さんの利便性を手放していただくようお願いし、違う曜日に、兄弟バラバラに来ていただくことにしたのです。

 

すると・・・

 

予想どおり。兄弟それぞれにとてもよい効果が表れています。

 

生徒と先生の1対1の空気が、ほどよい緊張感と、ほかの誰か≒兄弟の視線を感じながらピアノを弾かなくてもよいというリラックス感をつくっていて、一人一人が落ち着いてレッスンを受けられるようになったのです。

 

兄弟って、本当に正反対の性格をしていて、一方はハキハキしていてスピード感はある・ただし落ち着きがない/ もう一方はおっとりしていてボ~ッとしている・でも単純素直でコツコツ屋・・みたいなことってありませんか?( 「うちがそうだわ~」って思いながらここを読んでいるお母さんがたくさん浮かびます・笑)

 

正反対のタイプが自分のやっていることを傍で見ている、なんなら、兄弟なので遠慮なくツッコミを入れてくる、お家へ帰ってママに「今日ピアノで○○ちゃんがこんなことやってたよ~」って告げ口される・・等々、兄弟って牽制し合っている部分ってあるんですよね。

 

そういうものが無くなった途端、肩の力が抜けて、誰にも遠慮することなく、“自分” を出してレッスンに向かい合えるというわけなのです。

 

子どもは繊細なので、こうした目に見えない雰囲気や環境を無意識に察知し、行動や心持ちが変化しやすい傾向があります。

このことは随分前から気づいていたものの、お母さん達の夕方がどんなに忙しく大変かを知っているだけに、なかなかこのトライアルを提案することができなかったのですが、

 

ひょんなことからタイミングが合い、幸運なことにこの提案を快諾くださるお母さんが複数現れて、現在その効果に驚いています。

 

写真の彼も、いつもどこかそわそわして、じっとしていられない様子があったのですが、一人で教室へ来るようになってからは、自分のペースをつかみ始めていて、写真のように一旦手を止めてじっくり “考える” という行為が多く見られるようになりました。

効果はいろんな面に波及するのか、道具もていねいに扱うようになり、私の話も落ち着いて聞けるようになりました。お家での練習量も増えているということです。

これを実現するためには、お母さんは送迎のために家と教室を何度も往復しなくてはなりませんが、親の都合と子どもの都合のどちらを取るか… それは、ご家庭の教育方針にもつながることですので、よくよく考えてみてください。(教室では強制はしていません)

 

面倒臭いことを引き受ける…それは、習い事をする子ども本人だけではないということなんですね。さて、ここをご覧のお母さんは、どのように思われたでしょうか。

ピアノに向き・不向きはあるか?

「うちの子、ピアノは向いているでしょうか?」

 

時々、こんなご質問を受けることがあります。ピアノの向き・不向き… うーん、どうでしょうか。ピアノが上達するための道は幾通りもありますし、環境やご家庭の方針にも左右されますし、一概に「コレ!」という決定打は見当たりません。

 

ただ、長年このお仕事をしてきて、なんとなーく傾向ってあるのかも知れないなと思うことがあります。ピアノに限らず、スポーツやほかの習い事の指導をしている先生皆さんが、同じようにお話していることなんですが、

 

①面倒臭がらない

②遠回りしながらも、試行錯誤することをやめない

③素直である

 

才能やセンスがあったとしても、この3つが備わっていないと、上達は期待できないのだと思います。

 

ところで②なんですが、これは、“自分に対して負けず嫌い” ということでもあります。ほかの誰かに対して負けず嫌いを発揮して、押しのけてでも自分が勝ちたい、というのではなくて、

 

「昨日の自分」より「今日の自分」!といった、負けず嫌いの矛先が自分へ向かっているような子のことです。こういう子は、試行錯誤して苦しいときも、投げ出さないでやり抜きます。投げ出す自分は負けたようで悔しいから、やめないのです。

 

そうした意味では、音大時代の同級生たちは皆、負けず嫌いでした。音大は、友達でありながら、コンクールやオーディションではライバルになります。

 

音楽を専門に進学する域にまで来た子たちというのは、ライバルに嫉妬心を抱くことさえ恥ずかしいこと、という究極の負けず嫌いなので、足をひっぱったり、押しのけてまで勝とうということはしません。

 

人との対比ではなく、自分の実力で評価を得ようとがんばります。それぞれが誠実に努力していることを知っている者同士なので、最後には互いの健闘をたたえ合うことができます。私は音大で初めて、本当の良きライバルたちと出逢えました。

 

***

話が脱線しちゃいましたね^^;

 

さて、あるレッスンで「これは①と②だな^^ 」と微笑ましく思えたシーンがありました。


今、彼女は一所懸命 読譜のためのトレーニングをしています。うちの教室では、ト音記号とヘ音記号を同時に平行して学ぶのですが、よくある現象として、ト音記号とヘ音記号を鏡文字のように入れ替えて読み違える‥というものがあります。主に小学校低学年でよく見られます。

 

こうした場合には、五線譜で自分で実際に書く課題を渡します。その子の弱い部分を強化するために、一人一人、オーダーメイドの課題をつくっています。

 

このとき、このSちゃんは、お手本のページと課題のページを何度も何度もめくって確認し、指で数えて、確かめる作業を繰り返していました。

 

要領の良い子は、同じページ内のどこかに “答え” がないかチラチラ見てうまく探し出し、そのままそっくり書き写します。これはこれで、要領の良い方法ですので、間違ってはいません。要領の良い子は、合理的で、飲みこみの早い場合も多いです。

 

ただ、こうした合理的なタイプは、泥臭く努力をすることが苦手です。ですので、どこかの時点でスランプに陥ったときに、簡単に答えを見つけられないことにイライラしてしまい、浮上できずに苦しむことになります。そのまま辞めてしまう子もいます。

 

一方、Sちゃんのように、面倒なやり方で時間がかかったとしても、本人はそのこと自体にあまり自覚はなくて、ひたすら「何の音かを探す」というゴールに向かっているという行動をする子は、可能性があります。

 

ここで注意したいのは、その良い芽を、周りの大人が気づかずにスルーしてしまうこと。

 

子どものこうした様子をすかさず見つけて、褒めてあげるのです。こういう作業をしている時に「おもちゃ片付けなさい」とか「プリントは出したの?」などと声をかけて、ほかの事に気持ちがそれてしまうことのないよう、ぜひ集中させてあげてください。

 

途中で疲れて「もうやだ」とか「やーめた!」と言い出した場合には、「キリのいい所までやってから終わりにしなさい」「あともう少しじゃん。途中でやめたらダメだよ」と声をかけてあげてください。ここでは、言い切り型で断言したアドバイスにした方がいいですよ。

 

「キリのいい所までやったら?」という投げかけ型で本人に判断をさせる方法だと、「やだ!」と本人は拒否しちゃいますので、そこは上手に大人が誘導してあげて、成功体験するところまで引っ張ってあげてみてください。

 

…とまぁ、これはレッスンでやっていることでもあるんですけれどね。

言葉がけ一つで、子ども達って変わります。いつも優しく、怒らないように…と無理をするのではなく、そのときの状況に合わせた言葉のチョイスが大切!と、考え方を少し転換してみると、結果的に怒らずに済んで、肩の力が抜けると思いますよ。とはいっても、怒っちゃうことってありますよね。それはそれで、泥臭くていいんじゃないでしょうか。(^^)

五感を磨く

レッスンでは、まず最初に「こんにちはー!」ってドアを開けて入ってくるときの子ども達の声や表情を見ることから始まります。

 

小さく鬱々とした声ならば、「あら… 今日はあんまり練習できてないのかな?」^^;
嬉しそうに張り切っていれば、「おっ 今日はしっかりやってきたな!」^^

 

疲れた顔をしていれば、「どうしたん?疲れた顔してるね」と声を掛けてみます。「うん、今日は遠足だったから疲れたぁ」とか、「弟とケンカした…(しょんぼり)」とか。そんなときは、あまり引きずらないよう軽く流して、「そっか。まぁ、切り替えよう!さ、ピアノ、ピアノ!」といって気持ちを転換させるようにしています。

 

もう二十数年もやっていると、冒頭でその日のレッスンをどう組み立てるか、見当がつくものなのです。

いつもニコニコしながら入ってくるKちゃん、今日も何やら言いたそうな顔をしながらレッスンルームへ入ってきました。

 

「ん?どしたん?^^」

「先生んちのキンモクセイ、すごくいい匂いがしてるー^^」

(^^)(^^)

 

玄関には、いい匂いのする植物を植えるようにしています。ジンチョウゲにレモンタイム…クチナシも植えていたのですが、こちらは青虫に食べられちゃって弱って枯れてしまいました(泣)

 

人は日頃、五感を使うときに優先順位があります。

 

「触覚」>「聴覚」>「視覚」>「臭覚」>「味覚」

 

最近では「視覚」を使うことが多いそうです。その分、ほかの感覚が鈍感になっているそうです。テレビ、パソコン、ゲーム、スマホ…確かに、画面とにらめっこばかりしていますよね。大人に限らず、最近は子ども達もスマホを持つ子が増えているようです。気をつけたいものです。

 

ピアノを弾いているときは、もちろん「聴覚」と「視覚」が優位になっています。でもここで、曲想をつけて想像力豊かな演奏をするならば、日頃から五感をしっかり磨いて、たくさんのイメージの引き出しをつくっておくと、凄く強味になります。

 

玄関を通るたびに、植物の香りや土の匂いがみんなの記憶のどこかに残っているといいな…そんな想いで、作庭したいただいたときに樹種の指定をしました。ぜひキンモクセイの匂い、嗅いでみてくださいね。

 

音符の読み書きのこと(2)

毎日継続するーーーわかってはいるけど、出来ないんですよねー!という声が聞こえてきそうですが、もう少しお話してみます。

 

記憶や暗記のお話とつながります。勉強にも役立つお話です。

 

知人で、一発で司法試験に合格して弁護士になった人がいます。司法試験では、とにかく覚えることが膨大にあり、六法全書を食べてしまうほどの勢いが必要なのだそうです。(ドラえもんの暗記パンか!笑)

 

この弁護士さんに、暗記のコツを教えてもらったことがあるんです。

 

① 初めてインプットする。

② 声に出しながら/手足のどこかを動かしながら/何かの景色とセットで覚える

 …など、関連づけると覚えやすい。

 私の場合は、「書く」とよく覚えられます。

 声に出すと覚えられる人、逆に黙読じゃないと入ってこない人、タイプは分かれます。

  (タイプについては、また後日)

 ピアノなら、手を動かすし音を耳で聴くし、体のいろんな部位を使うのでぴったり☆

 

③ ①②を終えて、数時間後、その日のうちに覚えたものをもう一度見直す。

④ 翌日、もう一度見直す。

⑤ 1週間後、もう一度見直す。

⑥ 必要のあるたび、覚えているかチェックする。 

  忘れていたら、①へ戻る。

 

人間というのは本来、忘れる生きものなんだそうです。全部を覚えていると、脳がパンクして死んでしまうらしいです。生きものの本能として、忘れるように作られているんですね。

 

忘れてしまうプロセスについては、「エビングハウスの忘却曲線」というものがありますので、リンクをぜひご覧ください。そりゃもう、見事に数十分後には50%近くを忘れてしまっていますよ、人間って(笑)

 

なので、①の時、人間は、脳の中の「忘れてもよい記憶の引き出し」へとりあえず入れるんだそうです。ところが、③>④>⑤ と何度も同じことを繰り返していると、脳が「これだけ何度も出てくるということは、これは大切な項目なんだな」と判断し、「忘れてはいけない記憶の引き出し」へ移し替えるんだそうです。

 

 

そして、この判断したり移し替えたり、脳の中で整理している時間帯が睡眠の時間帯なのですって。夜寝て、また別の日に覚える、また寝る、…ということを繰り返さないと、脳は覚えたことを定着させることができないそうです。

 

というわけで、私がレッスンで出している宿題はいつも復習型です。予習型は滅多に出しません。(力のついた子から、予習型に切り替えています)忘れないでキープすること、定着できることを目的に、曲の数や難度を考えて配分していますので、レッスン日直前になって「やっべー!宿題まだしてない!」といって一気に全部やってしまうのはNG。その場限りではクリアできたとしても、全然力がついていないんですね。

 

ワークブックを数ページ宿題に出すときもあるのですが、これも簡単だからといって一日で全部やってしまわないよう、毎日1ページずつやってねと伝えています。

 

ちなみにこの考え方で、塾も選ぶといいですよ。自分のお子さんの現状を見て、復習型の授業をする塾か、予習型なのか、はたまた個別に合わせてくれるのか。

 

予習型の塾へ通っている人は、学校の授業が復習‥ということになりますね。ですから、「これ、もう塾で習ったもん」といって学校の授業をマジメに聞いていない子は、復習していないので、定着が悪くなります。気をつけてみてくださいね。

 

また、テストの答案が返された時に、「間違い直し」をすると良いというのも、この考え方が当てはまります。どこを間違えたのか復習しているというわけです。よく「同じ問題が再度テストに出るなんてことはほぼないんだから、終わったことを見返しても意味がない」と思って間違い直しをしない人がいますが、これは随分もったいないことをしているんです。

 

ピアノを長く続けている生徒には学業優秀な子が多いというのが最近の定説になっていますが、うちに通う生徒たちを見ていても、当たっているかも知れないなと思います。大半はこの「復習型」に時間を割いてきた子が多いです。キッチリ基礎固めをしているので、未知のことへ挑戦する「予習型」へ移行する時も、すんなり進んでいます。

 

音楽と言う国の言語を習っているわけですから、毎日コツコツと定着していきましょう。面倒くさいようでいて、コレが一番、楽で確実にモノに出来る方法だと思います(^^)/

 

 

 

音符の読み書きのこと(1)

前回のコラム更新から、いつの間にか季節は秋へ…ご無沙汰してスミマセン<(_ _)>
ここをご覧の皆さんにお伝えしてみたいなと思うこと、写真などは撮りためているのですが、日々の雑多に追われ、ついつい…^^;  またボチボチと徒然つぶやきたいと思います。

 

「なかなか音符が読めません」「リズムがわからないみたいで…」当教室へのお悩み相談のNo.1 はコレです。教室生だけでなく、よそで習っていらっしゃるお母さんからも相談のメールが舞い込むことが少なくありません。そこで、親はどのように捉えておくとよいのか、少し説明してみたいと思います。

 

音符というのはいわば、言語と同じと思ってください。日本にとってのひらがなやカタカナ、欧米にとってのアルファベット、韓国にとってのハングル…といった感じで、音符は音楽という国の言葉です。

 

ここで、皆さんが日本語を普通に使えるようになるまでの経緯を思い起こしてみましょう。

 

赤ちゃんのうちはしゃべれません。でも、お母さんやお父さんを始め、自分を取り巻くありとあらゆる環境で日本語に囲まれていくうちに、喃語(なんご/赤ちゃん言葉)から少しずつ、日本語を理解しますよね。やがて、2~3歳あたりから会話も成立し始め、意思の疎通もとれるようになったと思います。でもまだこの時、文字は読めていない子がほとんどです。

 

早い子で幼稚園くらいから、硬筆や公文などの教室で文字を習い始めたり、上の兄弟やお友達のするのを真似て遊びでお手紙を書いたり…などをきっかけとして、文字の「読み書き」が始まります。義務教育として、小学校1年生からは全員がひらがなから文字の「読み書き」を行います。ここから次第に、カタカナや漢字を習ったり、自分でも本を読んだりしながら、難しい言い回しや語彙が増え、自身の言語力が養われていきます。

 

日本人に非識字率(文字が読めないこと)が低いのは、こうして義務教育の中で国語として教育を受け、毎日のように日本語に接しているからです。江戸時代など昔は、会話はできても文字の読めない人はたくさんいましたし、教育が整備されていない国では今も識字率は低いままです。

 

音符やリズムもこれと同じで、「読めない」というのは非常に由々しきこと(そのまま放置しておくと後で問題が大きくなり見過ごすことができない)なんですね。

 

ひらがなが読めないと、漫画や絵本が読めないので楽しくありませんよね。同じように、音符が読めないと、自分の弾きたい曲が載っている楽譜を見つけても、どう読めばいいかわからず、弾けないので、楽しくありません。習い始めは簡単で短い曲なので、耳で覚えて雰囲気でなんとなく弾けますが、だんだん難度が上がり何ページもある曲になるにつれ、覚えきれずに行き詰ってしまう子がいます。

 

こうした子の駆け込み寺のようになっているのが当教室なのですが、言語領域(音符を含む)を習得するのにふさわしい年齢というのが、年長~小学校低学年あたりで、これを過ぎると定着しにくいといわれています(※)。耳で覚えたり、音符の上に読みがなを振ってそこだけを読んで弾く癖がついてしまった子は、なかなか癖が取れず、苦労しています。癖を抜くための地道な手順を踏むことに我慢ができず、元のやり方へ戻ってしまったり、我流でやってしまおうとしたりして、回り道になって辞めてしまうケースもあります。

 

※中学年以上で初めて習う子については、悪癖がついていないのであまり心配はありません。

 

ではどうすればいいか?ということですが、言葉を習得したときと同じように、やはり音符も毎日のように接していると、それだけ早く習得できるようになります。そして、習い始めの3年間が大切です。ここで毎日接する習慣がつかないと、後が苦しくなります。

 

相談なさる親御さんに、ご家庭での練習状況をお尋ねすると、ほぼどの方も「毎日はしていません」とのこと。人間、誰でも聖人君子ではありませんし、諸事情もあるでしょうから、私も全員100%の子が毎日やれるとは本当は思っていないのですが、せめて、一週間のうち練習していない日より、練習した日の方が多い という過ごし方をして欲しいなと思っています。

 

当教室では、その接し方のコツとして、ソルフェージュの手法を取り入れながら、無理なく簡単に、且つ、合理的に早く習得できる手順を指導しています。

 

簡単すぎるので、チャチャッといい加減に済ませちゃう子、我流でやっつけてしまおうとする子がいる場合もあって、これは回り道をしていることになるので、気をつけてくださいね。まずは「簡単なことをていねいに」にこだわってレッスンしています。

 

ちなみに、英語を習わせるご家庭も多いと思いますが、コチラも毎日英語に接していれば、習得できるそうです。以前にも書いたことがありますが、英会話教室を主宰している友人も、自分の子どもはバイリンガルなのですが、毎日2時間程度は「英語だけで会話をする時間」を設けてキープしているそうです。そうしないと、忘れるそうです。帰国子女たちも同じことを言っていました。

 

言い換えれば、英語もまた、週に一度教室へ通わせたからといって、家で何もしなければ、我が子が英語ペラペラになってくれるわけではない…ということなんですね^^;

 

とはいえ、大人になっても毎日のように日本語を勉強しているかといえば、私たちはそんなことをしなくてもちゃんと日本語は使えているわけで、ピアノも同じで、習得しさえすれば、毎日ピアノに向かわなくても読譜はできるようになります。親御さんには「ある一定期間だけだと割り切って、毎日しっかりピアノと楽譜に向かわせる」という気概を持って、ピアノ教室へ通わせるのが得策だと思っていただけると、習わせる甲斐があるのではと思います。(つづく)