『親心』

大阪、肥後橋「HAJIME」のオーナーシェフで、米田 肇さんという方がいらっしゃいます。

立場は違いますが(ましてあちらは大変著名な方ですが)、後進に指導する立場での考え方、伝えたい思いに共感し、「そうそう、私もそういうことが言いたいの!」と頷くことが多い記事をたくさん書かれています。

 

今回、その中でも「わが意を得たり」と思った素晴らしい記事がありましたので、ご紹介させてください。日々、私も同じことを考えながら、生徒の皆さんに繰り返し繰り返し伝えています。

 

「褒めて育てる」という考え方だけでは なぜいけないのか。

教室のコンセプト「たのしく きびしく おもしろく」

― この中に敢えて「きびしく」も入れたのはなぜか。

 

ぜひ読んでみていただきたいです。


『親心』
  
「おいおい、そんなこともできないのか?」
  
この業界に入り、10年くらい経験してきた経験者でも基本の作業ができていないことがあり、驚くことがあります。
 
これはまず本人自身の勉強不足、練習不足、分析不足が基本にあるのですが、それでも、
 
「なぜ、この子の周りにいた人は、今まで誰もきちんと教えてあげなかったんだろう」
 
と私は正直本気で腹が立ちます。
 
誰も面倒をみてあげなくて、指導をしてあげなかったから、このように今になって基本的なことでつまずく羽目になっているのです。これまで周り人は何をしていたのでしょうか?こんな状況が良いわけがありません。
 
だからこそ、私はどんな人にでも
 
間違っているものは、間違っている。
正しいものは、正しい。
 
ときちんと伝えるようにしています。
 
間違っている時や勘違いしている時はどんな些細なことでも見逃さずに、オブラートに包まずにきちんと伝えるようにします。
 
その内容は、技術的な面はもちろんのこと、「なぜそうなっているのか?」「なぜそうなってしまったのか?」という根源にある本人の適当さや精神の弱い部分についてもきちんと話します。
 
伝えられた相手はキツく感じ、落ち込むことやウザいと感じることもあると思います。それでもきちんと伝えることが大切だと思うのです。なぜなら、それは当の本人が後々になって困らないようにするためです。それは正に
 
「親心」
 
なのです。親は将来自分の子が困らないように生きる術を教えていくものです。それはできるだけ早い方が良いのはわかると思います。
 
もちろん、伝え方やタイミング、時には伝えずに見守ることも大切です。それでも、それは本質を理解してもらうための方法であって、伝えないということではありません。大切なことは、後々のことを考えてできるだけ早い段階で理解してもらうように努めることです。
 
特に技術職の仕事はたくさんの技術を覚えていかなければいけません。そのため正確に覚えていかなければ、後々適当なものの積み重ねになります。きちんと中身の詰まったブロックであれば、高く積み上げられるように技術も同じなのです。もし中身がカスカスのブロックであれば、どこかでブロックが崩れてしまいます。そうなると、何をしてもいい結果が出なくなり本当にかわいそうなのです。
 
逆に「子心」を考えると、注意をされた人は大抵落ち込んだり、へこんだりすることが多いですが、修正することはできるだけ早い方がいいので落ち込んでる場合ではありません。間違いに気付いたら、できるだけ早く修正できるような対策を練り、正しい方向に導けるように策を練る必要があります。なので、逆に指摘されるようなことがあれば、早い時期に気づくことができて「ラッキー」と思うくらいに思うといいです。
 
技術をつなぐこと、そして、その技術を超えることで多くの技術は進化をしてきました。だからこそ、教える人は「親心」をもって、次の社会をつくっている気持ちで指導をしていかなければいけませんし、学ぶ人は真摯な心で丁寧に学び、前の世代を超えていく気持ちが大切だと思います。
 
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先日、昔うちで働いていた京都にあるMOTOIの前田元シェフが食事に来てくれました。その時に、
 
「あの当時、叱れてばかりで正直理解ができなかったですが、今は上に立った時にやっと理解ができて、本当に宝物をたくさん持たせていただいたと感謝しています!毎日毎日ハジメさんの言葉を思い出します!」
 
と、とてもうれしい言葉を伝えてくれました。
 
「今すぐでなくてもいい、いつかわかればいい」そう思って伝え続けた言葉をきちんと持ち続けてくれて、今はシェフとして活躍してくれていることが本当にうれしく思います。

子どもの歩調

「せんせい、だれかほしい人にあげてー」といって続々と作品が搬入されておりますw
「せんせい、だれかほしい人にあげてー」といって続々と作品が搬入されておりますw

只今、ゴールデンウィークの真っ最中。休日の中日は普通に学校で、このあたりのほとんどの小学校では春の遠足、っていうところも多いようです。暑い一日でしたが、無事に楽しく過ごせたでしょうか?夏日が続き、少しずつ春から初夏へと季節が移り変わっているようです。

 

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季節の変わり目は、子どもにとっても心身の疲れが出やすいとき。

 

ゴールデン・ウィークは、4月の進級・入学で緊張のつづいた1か月をひとまずやり抜き、子どもたちが休憩できるお休み期間でもあります。

 

行楽日和であちこちへお出かけ…というご家庭も少なくないと思いますが、たまにはどこへも出かけず、家でのんびりと過ごしながら、思い切り子どもたちを甘えさせてあげるのも、子どもたちにとって大変よい充電になります。

 

レッスンにやってくる子どもたちが不安定になっていることが多いのも、じつはこうした長いお休み明けが多いんです。五月病という言葉があるくらいで、気温、気圧の変化とも合わせて心身共に疲れやすくなるのでしょう。

 

お休み明けに学校や幼稚園に「行きたくない」とぐずってしまう… そんなときは、充電が足りていないかも知れません。4月中に学校や幼稚園で何かにつまづいていないか、子どもたちの心模様をそぉっと尋ねてみてあげてください。

大人が思っているよりも想像以上に、子どもって本人も自覚のないまま我慢していることがあります。なーんにもしないで、ただのーんびりして、あとはパパとママがニコニコ・ゴキゲンでいるのが一番の薬です^^


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私が子どもの頃、休みの日にピアノやエレクトーンを練習していると、父がよく珈琲を片手にやってきて、「最近は何を練習しとるんや?(父は関西弁をしゃべります)」と言っては合格した曲を聴くのを楽しみにしてくれていました。

 

「おぅ、ええなぁ。上手くなったなぁ」と嬉しそうに、「もう一回、弾いてみて」と何度も同じ曲をリクエストしてくるのです。私も得意になって、片っ端から合格した曲を披露しました。(これがかなりの反復練習になっているとも知らずに・笑)

 

そうこうしていると、母や妹もやってきて、家族を前にちょっとしたミニコンサートに♪

両親は楽譜がまったく読めない人たちでしたが、音楽が好きで、我が子に楽器を習わせることができたことを、心から喜んでいる人たちでした。幼い私も、そのことが嬉しくてモチベーションの一つにしていたのかも知れません。

 

ピアノを習わせているけれど、教室へ入れっぱなしで、家庭でそのことを楽しんでいるご家庭って、案外 少ないのではないでしょうか。ぜひ家族ぐるみで音楽を楽しむ時間をゆっくり作ってみることをご提案します。ステキな思い出になりますよ(^^)

勝負強くなるには?

レッスンでは、音の響きや音色はもちろん、休符の間合いや弾き終えたあとの余韻までこだわって指導します
レッスンでは、音の響きや音色はもちろん、休符の間合いや弾き終えたあとの余韻までこだわって指導します

只今、Lippia Music Room は発表会へ向けて練習の真っ最中。どの子も譜読みを完了して、次のステップへ移っています。インフルエンザが猛威を振るい、とてつもない寒さが続いていますが、負けずにみんな本当によくがんばっています。本番が楽しみです(^^)

 

本番といえば、ちょうど今は受験シーズンの真っ最中ですね。受験は、本番で日頃の努力を発揮することが求められる勝負の場!

 

私の場合は音楽大学を受験していますが、本番のたった一回の演奏で、1音でもまちがえればそこで終わり。「練習のときには弾けていたんです」という言い訳が一切通用しない、ほかの教科で点数をカバーすることもできない、一発勝負の厳しい世界でした。

 

私が進みたかったコースは、専科としてカリキュラムを持っている音大は当時国内には3校しかなく(あとは幼児教育科内の併設コースばかり)、残りの2校には魅力的な先生がいらっしゃらなかったこともあって滑り止め校を受けなかったので、まさに「退路を断って」の勝負でした。(今から思えば、なんて恐ろしいことをしていたのでしょう~w)

 

受験期には県内外の著名な先生方のレッスンを受けに出掛けていたのですが、「どうすれば本番で緊張しないで100%の力が出せますか」という私の愚問に、どの先生も口をそろえて「練習するしかない」とおっしゃいました。

 

「当日は、慣れない場で挑むので、どうしても力は目減りする。100%の努力をした者は80%の力、80%の者は60%‥では、100%を出したいなら、どうするか?毎日120%以上の努力をしなさい」と。たとえ緊張して頭が真っ白になったとしても、それくらいの努力をしていれば、指が勝手に動いてくれる…という意味です。

 

ところで、この質問がなぜ “愚問” かというと、「そんなの、当たり前じゃん」とどの先生も苦笑なさったから。この「当たり前」のことが当たり前にできない… ここに、本当の勝負の分かれ目があることを、私も今ならよぉ~くわかります。本当に愚かなことを質問したにも関わらず、先生方は面倒がらずにちゃんと答えてくださり、厳しくもお優しかった。今も第一線でご活躍の先生方ばかりなんですよ^^

 

「過程が大切なんだから、失敗したっていい」という言葉を、先に逃げ道として自分で使ってしまうのと、本当に努力をした結果 奇しくも失敗してしまったときに周囲から言われるのとでは、その大切にするはずの「過程」にゆるみが生じ、本人のこれから先の大切な場面での集中力や勝負力に、きっと大きな差が出てくるのではないでしょうか。

 

まずは、子どもたちの持つ潜在的な力を信じて引き出し、自信へとつなげる体験をして欲しい ――「発表会」はそれを体験する貴重な場なのです。

 

絶対音感のメリット・デメリット

1月31日にフジテレビ系列の番組「ほんまでっか!?TV」で、『音楽が人生に影響を与える』と題していろいろなケースが紹介されていましたね。その中で、絶対音感についても紹介されていました。ご覧になった方も多いのではないでしょうか。

 

▼番組内容のまとめ

http://peach34.com/honmadekka_music2/

 

うちの教室では、ひらがなが読めるかどうかを入会の基準にしているのですが、「もっと早くに入会しないと、絶対音感がつかなくなりませんか?」とご心配になる質問が時々あります。

 

『絶対音感』

 

これがつくことで、どんなことを期待するのでしょう?

 

ちなみに私のレッスンでは、ソルフェージュを積極的に取り入れているため、自然な形で音感がつくように設計されているのでご安心ください。音感がついても、リズム感がつかないとマズイので、バランスよく総合的に感覚を養えることが大切です。

 

それよりも何よりも、ご家庭で音楽を取り入れているか?ということのほうが大切になってきます。

 

大音量でテレビの音がしている横で、ガチャガチャと掃除機や台所の音がしている、その傍では大ゲンカが巻き起こって… みたいな環境ですと、子どもたちの耳は麻痺しやすくなるでしょう。音に鈍感になっていきます。

 

もちろん、生活しているのですから、そのような生活騒音は仕方のないことですが、時にはテレビを消して、綺麗な音楽を流して楽しんだり、車の中で流す音楽も、大人の好みばかりではなく、子どもたちが歌いやすいシンプルな曲を流してあげたりすることで、子どもたちは音楽に興味をもち、 “ 耳をすませる ” という行為を覚えるようになります。

 

教室へ入会する前からこのような習慣があれば、絶対音感はつきやすいですが、教室へ週に一度連れてきたくらいでは完全なものにはならないことを知っておいていただきたいなと思います。

 

ちなみに、絶対音感がつきすぎると日常生活がつらくなることも、番組で紹介されていましたね。少しでもピッチが違うと気分が悪くなる…私もそうです。

 

私の場合、弦楽器や管楽器などの音になると、少し聴き取りづらくなる傾向があります。また、集中したいときに音があると、そちらのほうへ耳が持って行かれてしまい集中できなくなるので、デスクワークをするときには、部屋を無音状態にして過ごしています。レッスン後は一旦無音状態に身を置かないと、頭の中が非常に疲労しているという自覚症状もあります。

 

▼「わかる!」「あるある!」と言っている人たちのツィートまとめ

http://chantwi.seesaa.net/article/456581997.html

 

絶対音感とは反対に、相対音感というのもあって、私はどちらかというと相対音感の方をつけたかったな…とじつは思っています。これがあると、転調もラクラク、自由にアドリブができる人が多いんですよね^^;

 

…というわけで、何が何でも「絶対音感!」という神話には、もう少し肩の力を抜いて、気を楽にしてみましょう。美しい音楽が聞こえてきたら、思わず口ずさんだり、リズムをとって体を動かしたり… そんなシンプルなことから始めてみればいいんですよ(^_^)/

 

 

あけましておめでとうございます

新しい年が明けました。お正月は楽しく過ごされたでしょうか^^

年始には、毎年恒例のお楽しみ、皆さんからの年賀状を嬉しく見せてもらいました(^^)

やはり自分で書いた文字や絵の描かれた年賀状は嬉しいものです。

 

最近は、SNSなどで年始の挨拶を済ませることが増えてきましたが、年に一度、「ん~ なんて書こう!?」と悩みながら手書きの年賀状をしたためる―― こんな経験はしておいた方がいいのかなと思っています。

 

えんぴつやボールペンで書くのはNG、ペンは黒か青がベター、宛名には○○ ○○様(先生の場合は○○ ○○先生)と敬称を書く・・等々、最近は手紙の書き方を知らない子が増えてきました。もしかすると、親御さんさえご存じない世代に突入しているかも知れませんね。

 

知人に、「パソコンの時代、これからは手書きの文字がキレイというだけで、自分の得意なこととして自己PRに使えると思うの」といって、熱心に硬筆と毛筆を習わせていたママ友さんがいましたよ。確かに、字がキレイな人って一目置かれますものね。

 

***

さて、我が家も家族が久し振りに揃い、のんびりとした三が日を過ごさせていただきました。

 

ピアノの先生って、家で好きなことを仕事にしていられて、優雅でいいなー と思われている方が結構いらっしゃるようなのですが、全然そんなことないんですよ。

 

レッスンのある日はいつも、夕方からのレッスン開始時間から逆算しながら、日中のToDo を30分刻みでこなしています。このライフスタイルが沁みついているからか、今では時計を見なくても大体30分経ったかどうか、体内時計でわかるようになったくらい^^;

 

そんなわけで、あとの時間を気にせず家のこまごまとしたことが出来るお休みは、私にとって充電の時間でもあります。

 

楽譜制作などで出た紙モノのファイリングや整理をしたり、仕事抜きで好きな音楽を聴き続けたり、…まぁ、そういうことをしているうちに「あ、これ○○ちゃんのレッスンの時に使えそう」「○○ちゃんに聴かせようと思っていたCD、ここにあった!」なんてことになり、いつのまにかお仕事モードになっているんですけどね。公私の切り替えが難しいお仕事をするってチョット大変です^^;

 

帰省中の息子と弾き初めもしました(^^)

ちょうど、新しく連弾の楽譜を手に入れたばかりだったので、初見大会♪

 

彼が小さい頃は、私情が入らないよう私がレッスンすることはありませんでした。私の師匠のところへ通わせていたのですが、コンクール上位が常連というような子も在籍しているコースだったせいもあり、小学1年生のときから高校2年まで、毎日2時間の練習は欠かしませんでした。(もちろん、元日も!)

 

プロにするつもりもないのに可哀相だったかな…と反省しているのですが、「おかげでサークルでも初見が強いから重宝がられてる」と、本人はまんざらでもなさそう。今、息子は大学生活の傍ら、学生ビッグバンドに所属していて、演奏活動もしています。メインは管楽器ですが、キーボードやドラムも時々するらしい。

 

しっかりレッスンで基礎を叩きこまれていれば、こんなふうに大人になってからも音楽を楽しめるようになります。

 

途中で辞めてしまうと、残念ながら演奏の楽しさを知る領域まではなかなか残れないので、ソナチネレベルあたりまではがんばってみて欲しいところ。

 

そのことを意識して、私のレッスンは、基礎を学ぶ期間は、椅子の座り方から始まり、かなり細かい部分まで厳しいのですが、中学になる頃を境に、だんだんと本人の自主性に任せ、ゆるくなっていくのが特徴。

 

その年頃になれば、周りの大人にとやかく言われなくても、自分がよーくわかっているはず。「言われて嫌々やるよりも、自分の責任でしっかり結果を出しなさい」と言って、わざと突き放す方針へ切り替えています。(これはこれで、ある意味もっと厳しいともいえますが)

 

放任されても一人で結果が出せるだけの基礎基本を叩きこんでいるからこそ、突き放すことが出来るんですね。

 

今年もまた、皆さんの成長を楽しみに、「たのしく・きびしく・おもしろく」で音楽を自分のモノにしてくれる自律した子ども達がたくさん生まれることを願っています。本年もどうぞよろしくお願いいたします(^_^)/

 

***

新規レッスン生の募集は、2月頃からを予定していますので、告知までもうしばらくお待ちください。

倉敷市学校音楽祭

今年もこの時期がやってきました。「倉敷市学校音楽祭」

倉敷市内の小学5年生(一部他学年含む)と、中学・高校の吹奏楽部が一堂に会し、歌や合奏を披露し合う年に一度の大きな音楽行事です。私たちが子どもの頃は、「市民音楽祭」と言っていました。その当時から、幕間で「歌えバンバン」を歌っていたんですよ。毎年聴いても懐かしい(笑)

 

今年も、各小学校の音楽の先生方の趣向を凝らした選曲とアレンジを拝聴しました。ここ数年の傾向として、ラテンやポップスの曲を取り入れる学校が増えているようです。それだけ、子ども達が楽しく演奏できるよう‥とのお考えがあるのでしょうか。

 

昔ながらの古い歌にも良さがありますが、やはり子ども達は現代のノリのよいリズムの方が食いつきがいいようです。

 

ラテンやポップスは、楽しんでいる人達の雰囲気の中でノリやグルーヴ感というのが自然に生まれてくるもの。「ここでこうやって、先生の指揮を見て体を動かして、音楽に合わせなさい」といって指導されてやることではないんですね。

 

専門的なことをいえば、強拍と弱拍の取り方、どちらにアクセントを持ってくるか等、クラシックとポップスには正反対の解釈が必要になります。しかも、頭で理解しているだけではなかなか体は動かず、リズムに乗り切れません。

 

基礎はしっかりと身につけながらも、いろいろなジャンルの音楽を柔軟に受け入れられるセンスを磨きたいものですね。

 

※場合によっては‥特にクラシックでは、無駄に体を動かしすぎて拍感が悪くなる場合もありますので、曲のTPOによって体の使い方はコントロールする必要があります。なんでもかんでもノリノリで弾く方がよいと鵜呑みにしないでくださいね。

 

****

それにしても、子ども達のあの純粋な声って心打たれます。コンクールにエントリーする合唱団のようなハイレベルなものではないのに、ステージから生命力が溢れ出ていて、私自身、音楽の原点へ戻されるような思いをします。

 

うちの生徒さん達も、体が自然に動いていて、音楽を感じながら堂々と演奏してくれていました。学校での練習のときにも、先生から褒められたり、困っている子のサポートをしたり、がんばっていたようです。「Lippia 先生のところで習ってる」というと、「じゃあ、もう少し弾けるパート増やしても大丈夫ね」なんて言われた子もいて(笑)、学校の先生にも覚えていただいているようです。

 

日頃伝えたいと思っているレッスンの成果が出ていて、とてもとても嬉しかったです。

 

今年も素敵な歌や演奏をありがとう。先生方もお疲れ様でした(^_^)/

五感を磨く

レッスンでは、まず最初に「こんにちはー!」ってドアを開けて入ってくるときの子ども達の声や表情を見ることから始まります。

 

小さく鬱々とした声ならば、「あら… 今日はあんまり練習できてないのかな?」^^;
嬉しそうに張り切っていれば、「おっ 今日はしっかりやってきたな!」^^

 

疲れた顔をしていれば、「どうしたん?疲れた顔してるね」と声を掛けてみます。「うん、今日は遠足だったから疲れたぁ」とか、「弟とケンカした…(しょんぼり)」とか。そんなときは、あまり引きずらないよう軽く流して、「そっか。まぁ、切り替えよう!さ、ピアノ、ピアノ!」といって気持ちを転換させるようにしています。

 

もう二十数年もやっていると、冒頭でその日のレッスンをどう組み立てるか、見当がつくものなのです。

いつもニコニコしながら入ってくるKちゃん、今日も何やら言いたそうな顔をしながらレッスンルームへ入ってきました。

 

「ん?どしたん?^^」

「先生んちのキンモクセイ、すごくいい匂いがしてるー^^」

(^^)(^^)

 

玄関には、いい匂いのする植物を植えるようにしています。ジンチョウゲにレモンタイム…クチナシも植えていたのですが、こちらは青虫に食べられちゃって弱って枯れてしまいました(泣)

 

人は日頃、五感を使うときに優先順位があります。

 

「触覚」>「聴覚」>「視覚」>「臭覚」>「味覚」

 

最近では「視覚」を使うことが多いそうです。その分、ほかの感覚が鈍感になっているそうです。テレビ、パソコン、ゲーム、スマホ…確かに、画面とにらめっこばかりしていますよね。大人に限らず、最近は子ども達もスマホを持つ子が増えているようです。気をつけたいものです。

 

ピアノを弾いているときは、もちろん「聴覚」と「視覚」が優位になっています。でもここで、曲想をつけて想像力豊かな演奏をするならば、日頃から五感をしっかり磨いて、たくさんのイメージの引き出しをつくっておくと、凄く強味になります。

 

玄関を通るたびに、植物の香りや土の匂いがみんなの記憶のどこかに残っているといいな…そんな想いで、作庭したいただいたときに樹種の指定をしました。ぜひキンモクセイの匂い、嗅いでみてくださいね。

 

繊細な心

草間彌生展とミュシャ展のお土産をくれました♪
草間彌生展とミュシャ展のお土産をくれました♪

少し前、昔の教え子が遊びにきてくれました。保育園を卒園して1年生になる頃に入会した彼女は、高校2年までピアノを続けてくれた子。

 

入会当時から絵が大好きで、腕をメキメキ上げていき、中高生になる頃には、修学旅行のしおりの表紙を描いたり、体育祭で着るTシャツのデザインを手掛けたりするまでになり、ついには美術系の大学へ。子どもの頃からの夢を実現したんです。

 

元々繊細な子で、昔は控え目なタイプでした。自分の思ったことをハッキリ言わないので、「もっと自分に自信を持って!」と声を掛けていた時期もありました。それが、絵を通じて自分の可能性に手応えを掴み始めた頃と比例して、笑顔が増え、自分の思ったことも自信をもって話してくれるようになり、“彼女らしさ” がちゃんと表に出てくるように。同時にピアノの練習もきちんとするようになって、その様変わりには目を見張るものがありました。長い目で待ってみたら、子どもって変わっていくんだなぁということを教えてくれた子でもあります。(もちろん、その陰にはご両親の支えがあったことは言うまでもありません^^)

 

*****

ゴールデン・ウィークでホッとしたのもの束の間… いよいよ本格的に学校のことが進み始める時期になりましたね。運動会の練習が始まった学校もあるのではないでしょうか。

 

連休明けは、子ども達がネガティブになっていることも多いので、気をつけるようにしています。特に就学したばかりの1年生は、4月の緊張感から一旦離れて、おうちでゆっくり出来ていたのに、また学校が始まります。
 

1年生になったことで、急に時間割にそったルーティンワークが始まり、教科書とノートを開くのも大変な中、先生のお話を漏れなく聞いて帰らなくてはいけない。お友だちとの関係もうまくやらなきゃ、ひとりぼっちになっちゃう。

しゅくだいってなに?

まいにちやるの?

やんないとダメ?

あそべないの?

ようちえんのときはそんなもの、なかったよ。。。
 

なんだか習い事も増えちゃった。くもんとピアノとスイミング。「○○ちゃんがやりたいって言ったからでしょ!」って。わたし確かにそう言ったけど、ママに何回も「やりたい?」って聞かれて、わたしもそうかなって思って言っただけなの。

 

わーん 学校行っても、おうち帰っても、やることいっぱいで、がんばんなくちゃいけないってわかってるんだけど、何をどうしたらいいのかわかんないよぅ。。。

これは実際に聞いた言葉ではありませんが、案外子ども達の心の中ってこんな感じじゃないかなって思うんですよね。…抱えているものが断片的で、且つ一度に押し寄せていて。でも子どもだから、次々忘れていく。(忘れることで自分を守っているのですが)取りこぼしが溜まる。パニックになる。自分の内と外のスピードが噛み合っていない。こうなると、ピアノを練習する余裕はないかも知れません。
 

子ども達のもつれた心の糸をほぐしてあげながら、一つ一つ、出来ることを増やしてあげたいなって思います。
お母さんの工夫一つで、物事が劇的に好転する(かもしれない)方法もあるんですよ。次回のコラムはそのあたりをご紹介したいと思います。

 

大事なのは「学習前の土台作り」

当教室では入会の基準に「ひらがなが読めたら」ということを掲げています。

(これについては、コチラのページ(★)に詳しく説明しているので、まだお読みになっていない方はお目通しください)そのことに関連して、興味深い記述を見つけましたのでご紹介します。

 

『長男はページを一瞬見て、見て取れた言葉の一部から脳内の辞書と参照し、予想して声としてアウトプットしていたようなのです。そのときの眼球の動きを観察すると、確かにページをパッパッ、という感じで見ていました。
文字列の上をスキャンするような目の動きには、なっていなかったのです。文字列を見ること自体に慣れてない、意味が理解できずにますます嫌になるという悪循環になっていることに気付き、これは苦痛だろうな…と思いました。』

 

教科書が読めなかった長男が変わった!大事なのは「学習前の土台作り」

(Click!)

 

◎子どものこうした傾向にお困りのお母さんはいませんか?

 ・国語の本読み(音読)の宿題を嫌がる

 ・音読をすると、ひっかかったり、行を飛ばして読んだりする

 ・漢字を書くとき、部首をバラバラにして書く傾向がある

  【例】「林」という漢字を「木 木」と書く

 ・九九がなかなか覚えられない

 ・いつもキョロキョロとしていて落ち着かない

 ・細かい作業や単純作業をさせると、イライラしたり、退屈がってすぐやめたがる

 

私が長年、たくさんの子ども達と接してきて肌感覚として気づいたのは、子ども達の「眼球の動き」です。

リンク先では、そのことについて書かれてあり、まさしく私の気づきと同じことが書かれてありました。

このページは、発達障害に関するポータルサイトなので、「うちには関係ないわ」と思われる方もいらっしゃるかと思いますが、障害のある・なしに関わらず、大なり小なり、子ども達の様子に共通する現象として表れていますので、ぜひ読んでいただけたらと思います。逆に、「もしかしてうちの子は発達障害なの?」と深刻に思い悩む必要もありません。(もし気になる方は、お近くの相談施設や病院、学校の保健の先生などへ相談してみてくださいね)

 

レッスンでは、こうした子ども達の何気ない小さな体の動きを観察しながら、楽譜や鍵盤のしくみへと導いていくことになるので、「ひらがなが読めたら」という基準を設けています。就学年齢に達していても、日常生活の中で文字や記号を「眺める」のではなく「読み取る」習慣に慣れていないと、子どもは大変苦労します。ただ本や絵本を見せればよいというわけではなく、外遊びや工作遊びなど、ダイナミックな遊びや細かい遊びなどの様々な体験を通しながら、全体を見渡す「俯瞰する目」と小さな所に気づく「虫瞰の目」という両方の視点を身に着けていく必要があります。

井村コーチの金言

以前からシンクロナイズドスイミングの井村雅代コーチが好きです。「日本シンクロの母」「鬼コーチ」として有名な方ですが、人生のすべてを選手たちの心技の成長のために捧げている点で、教育者として尊敬できる点をたくさん持っている、魅力的な先生だと思います。

 

当教室が掲げているコンセプト

 

『時にはたのしく、時にはきびしく、時にはおもしろく』

 

この言葉通り、私はただのやさしくて楽しい先生ではなく、むしろ厳しい先生です。(そのことは、生徒たちが一番よく知っていますよね^^;)ただ、厳しいことを言う時に必ず心がけていることがあるのですが、それがまさしく、井村コーチがお話されていたこととまったく同じなんです。おこがましいことですが、もう「我が意を得たり!」と膝を打った次第。

 

 

【叱る絶対三点セット】

 ①相手の悪いところをハッキリ指摘し

 ②直す方法を指導する

 ③それでいいかどうか、直ったかどうか、OKかNGかをきちんと伝える

 

「子どもは褒めて育てる」という言葉が世の定説となって久しいですが、それはあまりにも暴力的なまでに理不尽に厳しすぎた昔の教育論への反発から、一旦ものすごく反対側の極に触れすぎて独り歩きしていると私は常々思ってきました。やはり何でも中庸が大切。

 

やはり「褒める」と「叱る」の両方がバランスよく存在していないと、子ども達はとても偏った成長をすると思うのです。これはピアノ教師として長年多くの子どもたちとそのご家庭と接してきて、肌で感じていることであり、同業者の間でも必ず話題になります。「やっぱり決め手は親だよね。私たちがどんなに努力しても、ピアノは弾けるようにはならない」と。学校の教師や塾講師をしている、いわゆる教育業界に従事している友人たちも一様に同じことを言っています。

 

我が子のために本気で叱ってやれるのは親。そして次に近しい周りの大人でしょう。そしてもちろん、心から褒めてやり、一緒に喜んであげられるのも親や関わった大人達です。

以下の井村コーチの言葉にハッとする方、いらっしゃるのではないでしょうか。

 

『叱るだけで直す方法を言わなかったら、選手は自信を無くすだけです。テレビは、私が叱っているところしか映さないですけど(笑)』

 

『もちろん長所を伸ばすことは大切です。でも、短所や苦手なことに目をつぶるのは絶対に駄目です。短所を克服することを避けていると、それが引け目になって精神的な弱さにつながるんです。そして「いざ」というときに、その弱さが出て致命傷につながってしまいます。』

 

『人を説得するだけのオーラというものは、その子がどんな事をしてきたか、どんな事で自信をつけてきたか、そして心の感動みたいなものをどれだけ経験してきたか、たくさん綺麗なものに触れ感動してきたか・・・そういうのは怖いけど出ますよね。』

 

『ストイックな子がいないの。「みんな仲良く」が好きだもん。ストイックな部分が消えてしまって、それはゆとり教育の失敗ですよ。そしてさらに問題はゆとり教育の世代が親になっていく。それは最悪。ゆとりがゆとりを教育するということはもう全然ダメやと思いますよ。』

 

『言うことだけは言うけど「そのためにあなたは何をするの?」と聞くと何も無いの。試合に負けると「私たちがんばったもんなぁ」って、自分で慰め、自分へのご褒美で自画自賛。頑張ってるかどうかはコーチが見て判断するんです。選手が自分で決めるもんじゃない。』

 

 『子どもが育つ中でどんな人と出会ったか、どんな信念を持った親に育てられたかっていうのはその子の運命よね。子どもは親を選べないから気がつけばその親の子になっている。一本筋の通った親に育てられれば、子どもはそうやって育っていくし、やっぱり心が一番大事やね。』

 

 

▼ “大切なのは心の教育”「シンクロの母」井村雅代コーチ スペシャルインタビュー

 http://physiqueonline.jp/specialist/trainer/page153.html

 

 

6月6日「楽器の日」にちなんで…

6月6日は【楽器の日】
「芸事の稽古はじめは、6歳の6月6日にする」と言う昔からの習わしにちなんで、全国楽器協会によって制定されました。指を折って数を数える際、6の時には小指が立つため「子が立つ」=芸の上達が早い、という言い伝えもあります。

私は幼稚園年少のときに、ヤマハ音楽教室の幼児科から始めました。のちに、エレクトーンはヤマハで、ピアノは個人の先生につくこととなります。

「先生は子どもの頃、どうやって練習するモチベーションを維持していたのですか?」とよく聞かれます。私は子どもの頃、ちょっと変な子だったかも知れません。例えば…

 

練習していると、どうしても弾けない小節っていうのが出てきます。

特に、左手の4番や5番の指は思うように動かなくて、イライラしたものです。しまいには「もう!どうして5番は動いてくれないの!」と、自分の5番(小指)に向かって怒る私(笑)指を叩いたり、引っ張ったりして、指に怒る。「今度こそ、ちゃんとやってよ!」と言いながら何度か弾いているうちに、突然パッと弾けるようになると、「お~5番、やればできるじゃん!」「さっきは叩いてごめんね」なんて言って、指にヨシヨシしてあげるのです。そして、「ピアノの神様、ありがとうございます~!」と、心の中で唱えてみたり(笑)

 

ハタから見たら、一人でブツブツ言いながら練習しているこの子、ちょっと不気味!?^^;

 

この話をすると、生徒たちは「んなワケないじゃんwwww」って笑うのですが、見方によっては、こんなふうにして、日々の練習にストーリー性を見出していたからこそ、飽きないで続けられたのかな、と。

 

何度も何度も同じパッセージを弾いては癇癪を起していたのですから、つらそうに見えていたのかも知れませんが、私自身は弾けるようになりたい一心で夢中になっていたので、練習をつらいと思ったことが一度もないのです。弾けたら嬉しさのあまり、苦労した時間のこともすっかり忘れて、「弾けた、弾けた~\(^o^)/」と言って何度も何度もその曲を弾いて悦に入っているのです(笑)それがまた、良い状態での練習になっていたんですね。だから次の日も、懲りもせずまた練習できたのでしょう。

 

反復練習をする――― この1つの現象を楽しいと思うか?つまらないと思うか?

自分の心の持ちようによってそれは変わるということなんですね。そこに必要なのは「感性」だと私は思います。

 

私の時代はゲームはまだ無い時代でしたから(途中でインベーダーゲームが出てきた・古!)、学校帰りに空に浮かぶ雲を見て「わた菓子~!」と言って食べる真似をしたり、木の模様が人の顔に見えたり、目にするもの、聞こえるものすべてを、空想や想像の世界を広げる機会にし、それを楽しむ時間がたっぷりあったのかも知れません。

 

ほかにも、母はよく朝からレコードをかけながら洗濯や掃除をしていたので、その音楽を部屋で大の字になって聴いていました。目を閉じて聴いていると、部屋に風が入ってきて、森のオーケストラみたい!と思えてきて、すごーく気分がよかったのを覚えています。(高価でなくていいので)オーディオ機器をそろえて音楽を聴くようなご家庭を最近あまり聞かないのを寂しく思っています。

 

楽器に向かっている時間以外にも、生活の中で練習や演奏に間接的につなげられることってあるものなんですね。芸事には感性がつきもの。「ためになるから」「将来役に立つから」があまりにも先に立ち過ぎると、本末転倒になる気がします。塾などの勉強と芸事をひっくるめて「習い事」と捉える昨今ですが、芸事については、こうすれば正解というマニュアルはありません。そこはお勉強系とちょっと区別しておいて欲しいな…と思っています。

 

『新米母は各駅停車で、だんだん本物の母になっていく。』

パソコンにブックマークしているサイトの一つに、「北欧、暮らしの道具店」というショップがあります。お買い物サイトというだけでなく、扱っている商品にまつわるお話や、主婦目線のエッセイなどが盛り込まれ、楽しみにしているんです。

 

先日、あるエッセイの表題に目が留まりました。

『新米母は各駅停車で、だんだん本物の母になっていく。』

http://hokuohkurashi.com/note/86267

 

そこにはこんなことが書かれてありました。

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そんなふうにして、私は苦しまぎれにどうにかこうにか自分流の方法を編み出しながら、少しずつ“お母さん”というものになっていった。正しいお母さんの形なんてないのだから、たとえば家事も、自分を責めずに、笑って暮らせる方法を考えればいい。

 

::::::::::::::::::::

 

「ああ、このママは、あの頃の私だ…! 」そう思いました。

私は仕事上、

 

「毎日少しでもいいから、練習の習慣をつけましょう」

「子どもをもっとよく見てあげて」←放置傾向のママに

「子どもを干渉し過ぎないように」←干渉傾向のママに

「環境を整えてみてください」

 

・・・そんなことを、ことあるごとにお伝えします。

でも、そんなことがちゃんと出来れば苦労しない!…そんな叫びも、本当は痛いほど知っています。

私自身、立派なことが言えるだけの子育てをしたのかといえば、葛藤の連続でした。今でも「これでよかったのだろうか」と悩むことがあります。^^;

 

毎日誰に言われなくてもコツコツ練習する子なんて、本当はほとんどいないでしょう。

習い始めの頃、新しいテキストをもらったばかりの時、発表会が近づいた時、伴奏者に選ばれた時… 張り切って練習してくれるのはそんな時くらい…? どんなに楽しいことでも、何度も続けていれば飽きたり、ほかのことに気持ちが移ったりするものです。

 

だからこそ、親や教師はどのようにして習い事を続けさせるか、意識して工夫をすることが必要なのだと思います。そのためには、何のために習い事をするのか/させるのか、子どもも大人も目的をちゃんと見据えることが大切。そうでないと「私、なんのためにコレをしているのだろう?」と悩んだ時につらくなります。

 

 

我が家の場合は、息子が学校から帰宅する時間帯にはすでに私はレッスンをしていましたので、彼はその間に学校の宿題を済ませて、お友達と遊んだり、ほかの習い事へ出かけたりしていました。習い事の送迎は母がしてくれました。また夕飯は、やはり母が家に通ってきてくれ、日中に私が用意しておいた食事を温め配膳し、息子が一人ぼっちで食べることのないよう相手をしてくれていました。

 

ピアノの先生って好きなことを仕事に出来て優雅だよねー…なんて言われがちなのですが、家族が帰宅している夕方~夜が不在なので、家族の理解と協力がないと成り立たない仕事なのです。中には「夜くらい家のことをしろ」と言われて廃業する先生もいらっしゃるくらいで・・・私はラッキーなんですね。

 

さて、レッスンが終わると、「ピアノのお勉強(※)終わったよ~」と彼を呼び、今度は息子の練習時間。(息子は私の師匠に託していました。親子だと甘えが出るので、ほかの先生にお願いしました。)

 

(※)私は、息子が赤ちゃんの時から「お母さんは、お友達とピアノのお勉強をしてるの。

お母さんもレッスンすることで自分の勉強になってるんだよ」と言って育てました。

それは本当のことですし、「お母さんはよその子とばかりピアノをして楽しそう」と

思わせたら、寂しい想いをさせることになるよと、先輩教師に聞いていたからです。

 

レッスン室で学校のことなど色々とおしゃべりした後、課題になっている曲をどんなふうに弾きたいのか、息子に尋ねます。説明することで、どんなことに気をつけて練習すべきかが自覚できます。息子の話しぶりで何となく先生の方針をキャッチしたら、部屋を出て一人で練習させる。

 

・・・これを毎日、幼稚園から続けさせました。高学年になる頃には、「(レッスン)終わったよ~」といえば、「はいよ~」と言って、条件反射のようにレッスン室へ入って練習するようになっていました。やっと習慣づけの完了です。これが高校2年まで続きました。大学生となった息子は、今もサークルで吹奏楽やJazzのバンドに所属し音楽を楽しんでいます。すぐに楽譜が読めるので、ほかの楽器を覚えるのも早いようです。

 

私は私で、夕方のレッスン時間から逆算して、日中に家事や仕事に関するデスクワーク、PTAや学校行事、自身の練習をする必要がありましたので、いつも30分刻みの「時間割」を作って動いていました。「時間割」を作ると、意外と趣味や読書、ランチをする小一時間くらいは捻出できるものなんですね。ToDoをこなした上に自分の時間も確保できた日には、「よし、今日の私、合格♪」とガッツポーズをしたものです。そんな日々の小さな達成感の積み重ねが、いつのまにか「継続できた」ってことになるのでしょう。

 

理想を追い求めすぎるとしんどいですが、かといってやる前から諦めたくはないもの。理想に近づけるよう各駅停車しながら試行錯誤する・・・そのこと自体に価値があり、そうやってがんばるお母さんの姿を見て、きっと子ども達も成長してくれる――― 私たち母親はそう信じて、がんばってみませんか。

2016年 あけましておめでとうございます

明けましておめでとうございます。

年末のご挨拶もしないまま、新年が明けてしまいました(汗)昨年はたくさんの方にこちらのWebサイトへお越しいただき、またご縁がつながって出会いをいただきまして、ありがとうございます。

本年もどうぞよろしくお願いいたします!(o^∇^o)ノ

毎年楽しみにしているのが、生徒・元生徒の皆さんから届く年賀状(^^♪

カワイイ写真入りのもの、上手なイラスト入り・・等々、趣向を凝らしていて、楽しませていただいています。中には20年以上も前の教え子達が今もずっと年賀状を送り続けてくれていて、みんなもう、立派なママさんになっています。「二人目が生まれました」「七五三に行きました」「先生の家にまた遊びに行きます」―― 幸せそうな笑顔を見るたびに、胸がじーんとします。(みんな、遠慮しないでホントに遊びにおいでね!)

 

「今年の春で卒業するのは寂しいですが、その後もお付き合いよろしくお願いします」という、進学で卒業が決まっている生徒さんのお母様からの嬉しいメッセージも。私は日頃から、仕事上の公平性を保つために、現役生徒さんのお母様とランチをする等のプライベートなお付き合いは控えているのですが、教室を卒業したらそれらの制約は解除(笑)教師と保護者の立場を取り払い同じ子を持つ母親同士として、仲良くしていただいています。

 

こんなショボい先生なのに(汗)こうして心温まるメッセージを送ってくださる生徒さん、保護者の方々のご理解に支えられて、今年も一つ一つを丁寧に、レッスンを進めていけたらと思っています。

伴奏者に立候補してみよう

夏休みも終わり、日に日に秋らしくなってきました。秋といえば芸術の秋。学校では学芸会や音楽祭、合唱コンクール等があるようですね。

 

倉敷市内では、11月に「学校音楽祭」という音楽イベントが毎年開催されます。市内の小学5年生と、中学・高校の吹奏楽部が一堂に会して、歌や合奏、吹奏楽の演奏を披露しあいます。早い学校では、夏休みの頃から準備を始めるところも多いようです。これに合わせて、ピアノ伴奏者や大型楽器担当のオーディションもあって、日頃音楽を習っている子ども達のあいだでは、ちょっとした目標になっています。

 

私も日頃から「伴奏者にはぜひ立候補してみて!すっごくいい経験になるよ!」とお話しています。出しゃばりって思われそう…とか、私そんなに上手じゃないから…と、二の足を踏んでしまう子もいるのですが、そんなこと全然ありません!

 

日頃は個人レッスンなので、練習を怠けていても誰にも迷惑はかかりません。(本当のことをいえば、自分に迷惑がかかってるわけだけど…w) でも、伴奏者になれば、みんなに迷惑をかけるわけにはいかない!と責任感が芽生え、いつになく頑張る子が多いんです。もうその頑張り具合ったら、「えーっ!そんなに弾けるんなら、もっと早くから練習してよぉぉぉΣヽ(゚Д゚○)ノ」と言いたいくらい(笑)

 

これをきっかけに、「わたし、頑張ればちゃんと弾けるんだ…!」と自信が持てるようになる子が続出。

(いやいや、だから前から言ってるじゃん^^; )と思うのですが、やはり自分で実感してみないとわからないものなんでしょうね。失敗するわけにはいかない!と切羽詰まると、藁をもすがりたくなるのか、ようやく日頃レッスンで伝えていることに真面目に取り組んでくれる子もいて、「先生の言ってたことって、コレだったのか!」とやっとわかってくれるんですよね。(和解するまで、苦節○年・笑)

その後も、「伸び」が本当にすごいんです。なので、ぜひ挑戦してみて欲しいのです。

レッスンでは、伴奏するときのちょっとしたコツも指導しています。ただソロで弾く時と、誰かの伴奏をする時とでは、ちょっとした違いがあるのです。

「せんせーい!選ばれたよー!!」と報告してくれる子も多くて、すごく嬉しい今日この頃です♪

 

****

ピアノ伴奏といえば、お友達に教えてもらった、抱腹絶倒の笑えるBlogをご紹介しますね。決して電車の中とか、人の大勢いるところでは読まないように(笑)

 

もしもピアノが弾けたなら(「-私の時代は終わった」より)

 

なんなの、この『ピアノ習ってた』っていう言葉の魔力。
 言った瞬間、ちょっと気持ちよくなっちゃう、この呪文。
「あたしピアノ習ってた」っつー、この言いようのない素敵感覚。』

 

http://d.hatena.ne.jp/ikkou2otosata0/20061018/1347251979

 

 

嬉しかったこと

少し前のことになりますが…

パソコンの調子があまりにも酷いので、リカバリをしたんです。その際、これまでの情報データはしっかりバックアップしていたつもりだったのに、なぜか教室便りのデータを消失…(涙)
手書きの頃からカウントして、もう10年以上続けているものなので、すっかり萎えてしまいました。

そこで、教室便りに「これまでの物をお持ちの方、スキャンさせてもらえませんか」と、ダメモトで呼びかけてみたのです。案の定、数日経ってもなしのつぶて。

 

……と思っていたら!

 

「先生、お母さんから言付かってきました」という生徒さんが。

手元には、シワ一つない教室便りの束!彼女が小学生の頃から高校生になるまでの十数年間のものを、お母様は大切に保管しておいてくださったのです。

感激のあまり泣きそうになりました。

 

バッグの中でいつまで経ってもお手紙がグシャグシャになったまま…ということは経験しているだけに(苦笑)、これは本当に嬉しかったなぁ。ほかにも時々、「OTODAYORIを楽しみにしています」と言ってくださるママもいらして、こういう時、いつも私は二重の意味で嬉しくなります。

 

二重の意味とは、1つは、私が伝えたいこと、わかっていただきたい想いを、受け止めてくださるお母様がいらっしゃるという嬉しさ。

 

そしてもう1つは、我が子の習い事に対して真摯に向き合い、環境を整えるために親として出来ることをしようと考えている故にお手紙を読んでくださる… その親心に心打たれるという意味での嬉しさです。

 

またこれからも教室便りの発行は続けていきたいと思います!そうそう、話が逸れますが、「なしのつぶて」って「梨の礫」って書くんですね~。「梨」はただの当て字、「礫」は小石のことだそうです。文章を書き続けていると新たな発見があって、これもまた継続するモチベーションになりますよ☆

 

エビングハウスの忘却曲線と練習

受験の世界ではもう有名になりました、「エビングハウスの忘却曲線」。人間の記憶するしくみについて、数字化されたグラフのことです。以前、OTODAYORIで紹介した時に大変な反響をいただきました。

グラフを見ると、その日に習って20分後には42%…約半分を忘れているんです!

 

【対策として】

このため、私のレッスンでは、時間の終盤で「さぁ、今日はどんなこと習ったっけ?」「今度までにどこをどんなふうにして来ればいいんだっけ?」と、その日のレッスンを振り返る質問をして、自分の言葉で答えられるように促しています。これが答えられる子は、その日のレッスンをしっかり把握しています。でも、覚えていなくて答えられないい子が実はとても多いのです。「20分後に42%忘れる」そのものですねぇ^^;

 

ちなみに、念には念を…ということで、気をつけることもメモにして書き残していて、お家でじっくり読み返しながら練習もできるようにしています。…が、読まずに弾いている子が多いんだな、これが^^; (このことについては、また別に書きます)

 

さて、お家に帰ってからはいかがでしょうか?

エビングハウスさん説によると、1日経っただけで74%忘れているんですってよ、お母さん!(笑)

ピアノレッスンが終わって「は~疲れた~! 次まで一週間あるから、練習はまた今度やーろっと!」…と言って早や数日経ってしまえばどうでしょう?( ̄□ ̄;)ヤバイ!

 


…で、忘れないためにどうすればいいかがこちらのグラフ▼

ご自宅での練習がなぜ必要なのか、もうお分かりいただけるでしょうか。

本当は、学んだ直後にもう一度復習するのが一番効果があります。ですので、帰宅後すぐにお家のピアノに向かえると理想的。

反復復習は、やればやるほど基礎体力がつくので、1回にかける労力が要らなくなります。

つまり、限られた時間で効率よく練習することが出来るようになります。
エビングハウスの曲線が落ち込んでしまうまで練習を放置してしまうと、わずかな力しか残っていないので、時間ばかりかかる練習をしないといけなくなるわけです。これはつらい…(>_<)


実は、私が練習好きな子どもでした。教室で新しく習ったことが嬉しくて、すぐに試してみたくて楽器へ直行、うまく弾けなくて注意された日には悔しくて、ご飯も食べずにまた楽器へ直行…そんな子どもだったんです。「この子は本当に音楽が好きなんだな」と母は呆れていたみたいです^^;

*******

さて。

でも、「そういうことはわかってる。それが出来てりゃ苦労しないわ」というお母さん達の本音が聞こえてきそうですね(笑) そんな時にこんなBlogに出会いました。


宿題をやる理由を知りたい(click!)

 

NaoyaShirata.com

〜旧もし元楽天社員が学校の先生だったら〜より

 

子ども達の “ 気づき ” が訪れるその日まで、あきらめないでいたいなと思います。

 

ご無沙汰です

ひゃー!2015年を迎えたと思っていたら、当に季節は過ぎて早や2月も半ば!!(>_<)

ご無沙汰しております。

もしも此処へ頻繁に寄ってくださる方がいらしたらごめんなさい(。-人-。)

Lippia Music Room は相変わらずの毎日を送っています。

ここ最近は、毎年恒例の受験生たちの報告ラッシュが続いています。

今年は中学受験をする学年はいなくて、高校や大学の受験生がいます。「そろそろ私立の入試日じゃない?」というと、「今日、試験受けて来ました^^」なんていう子がいてびっくり!

「えーーー!そんな大切な日なのに、レッスン来てていいのぉぉぉ!?」と、レッスンに来てる場合じゃないでしょ、なんてピアノのセンセイがこんなこと言っていいのか?と思いつつ思わず発言^^;

 

平常心を失わないために、あえていつもの生活リズムを崩さずにレッスンへ来てくれたようです。


常々 生徒達には、

・曲を仕上げるまでの練習の組み立て方や処理能力は、勉強にもそのまま使えるスキルなんだよ

・好きじゃないこともいい面を見つけて取り組もうとするトレーニングが積めるよ

・ステージに慣れておくと度胸もつくよ

…と、習い事を続けていると受験に役立つ効果が多いことを話しています^^


先日は、地元国立大の推薦入試の合格発表がありました。

ナント、うちを卒業した元教室生達が、次々と合格したとの知らせ!この学年は高校はバラバラに進学したのですが、大学で再集結することになったようです^^ これはウチでミニ同窓会をしなくちゃいけないかな♪ 一足早い“春” の知らせに、心がふんわかとしてきました。卒業してもこうして報告してくれる子達がいて、本当に嬉しいです。

 

*****

春といえば、そろそろ新規のご入会受付の時期なのですが、只今生徒さんのご紹介によるお問合せが続いており、もしかするとその方達だけで満杯になってしまうかも知れません(汗)

ご検討中の方がもしもいらっしゃいましたら、お早目にお問合せくださいませ。

 

また、お申込みの際は必ず、「Q&A」や「こんなレッスン」などのページにて、当教室の特徴や大切にしていることをお読みいただき、料金や雰囲気のみでご判断なさらないようご注意いただければと思います。良いご縁がありますように。

 

2014年もありがとうございました

いよいよ2014年もあとわずかとなりました。今年も「楽しく・厳しく・面白く」を地で行くレッスンの日々でした。今年に入ってからはWebの更新も途絶え途絶えになり… その分、リアルの世界ではいろいろなご縁が広がって、音楽以外にもアンテナを向けるようになった年でした。それは子ども達をとりまく教育のことだったり、食を通じた心身の健康にもつながることだったり。

私は物心ついたときから音楽のために人生のほとんどを捧げてきたこともあってか、いつもどこかで「音楽のことしか知らない偏った人間にならないように… 」と、いろいろな世界へアンテナを張ってきたところがあります。そして、子育てがひと段落ついたら、もう少し活動のフィールドを広げてみたいという気持ちがありました。今年はそんなことを実現する助走の年だった…といってよいかも知れません。

そこには、「子ども達が、自分の力で、力強く、生命力たっぷりに、ポジティブな挑戦をしていけるように」という想いがいつもあります。


私自身、自分の子育てが成功しているかといえば決して自慢できるようなことにはなっていないのですが(汗)素晴らしいご子息、もしくはお嬢さんにお育てになっていらっしゃるたくさんのお母様達を拝見してきて、今子育てをしている若いお母様達に何かお伝え出来ることがあるといいなと思っています。

こういうバッグは張りがあり滑りもよいので出入れもし易い!
こういうバッグは張りがあり滑りもよいので出入れもし易い!


今年の最後に素晴らしいなと思った時の一枚を。

 

10月のハロウィーン仮装をした時の写真です。身に着けた衣装を「一旦脱いでからお稽古しようね」と言うと、この子は言われもしないのに、ササッ♪と衣装を畳んでバッグへしまいました。

 

一瞬、畳んだ衣装をどこへ置こうか迷っていましたが、すぐに自分のバッグへ入れたのです。自分の中に納めた、という行為がなんて美しいのだろうと思いました。私に尋ねることもなく自分で判断したんです。


お母様の日頃の躾の賜物だと思います。「躾」とは「身」を「美しくする」と書きますよね。

いつもお母さんが代わりにしてくれる子や、逆に放っておかれている子は、決してこのようなことを自分で出来るようにはなりません。

 

自分の力でたくましく生きるとは、こうした毎日の生活習慣の小さな積み重ねなのです。そして、生活習慣というのはその名の通り、生活の中で培われていくものであり、家の外で誰かに教われることではないのです。

 

 

「私はね、別に偉い先生でも何でもないし、技術のことなんてわからないんだけどね、ただね、その子の弾いている姿を見ているとね、その子の心が見えるの…なんでだか…ね☆」


かつての私の師匠がそう仰って、ウィンクなさったことがあります。先生には何もかも見透かされている…背筋が伸びる想いがしました。美しい音楽には、美しい心身が必要なんだ、と。

どうぞ皆様、佳いお年をお迎えください。

今週はお盆休み

お菓子づくりも楽しんでます♪
お菓子づくりも楽しんでます♪

 

いつもはレッスン開始時間から逆算しながら家のことや用事を進めているので、何となくいつも何かに急かされるような気持ちになるのですが、お休み中は 時計を気にしなくて済むので、時間のかかりそうな用事をやっつけるのにうってつけ。

 

「いつか読もう」と思って積んでいた本を読んだり、音源の整理をしたり。息子が大学のサークルで音楽を続けているので、かなりのCDを送ってやりました。おかげでスッキリ!最近は『断捨離』をしなくちゃなぁと思っています。とにかく我が家は本が多いので(私は活字中毒w)、なんとかせねば!

 

先日は久し振りにお買い物にも出かけました。

お中元のタイミングを逸していた方へお贈りする残暑お見舞いの品を求めたり、生徒さんのご家庭からいただいたお中元のお返しを探したり。人が多いのには疲れました~(笑)やはりこんなときは、家に篭って日頃いい加減になっている主婦業に専念して、家庭サービスに徹した方が私の性には合っているようです^^;

 

「お母さんのちょっとした工夫集」をリトルプレス化?

 

毎月発行している『OTODAYORI』も160回目を迎えようとしています。もう13年!塵も積もれば…ですね。

 

その中でも、「お母さんのちょっとした工夫」というコラムを連載した時期があったのですが、これは私が長年いろいろなお母さん達を拝見してきて、「これっていいなぁ」「素敵だなぁ」と思ったお母さん達のさり気ない工夫や知恵の数々を紹介したもの。ピアノに限らず、就学前後の子ども達に役立つエッセンスがちりばめられているんです。私自身も子育てで実践しました。

 

当時のお母さんたちからの評判がよくて、コピーしてママ友さんに差し上げたところ、周辺のママさん達の間で次々コピーされて広がったなんていう、嬉しいやら恥ずかしいやらのエピソードまでありました。お役に立てていたらいいのですが。

 

 

私は書きモノ好きが高じて、時々寄稿したりしています。先日も とある大学の教授が主宰されている機関誌へ寄稿したのですが、これからの教育について、編集者の方と熱く語りました。

で、この「お母さんのちょっとした工夫」を1つの冊子にしてみようかという話が出ています。あ、出版になるわけじゃなく、リトルプレス的なものにする予定です^^; もし完成しましたら、販売できればなぁと。このお盆休み中に原稿を起こしてみたいと思っています。

 

「Facebookを読めても、現実は理解できない人たち」もうひとつの非識字、機能的非識字

最近、気になる記事を見つけました。私がピアノレッスンを通じて、ずっと危惧していることが挙げられていたからです。ドキドキしながら読みました。そして、その記事からリンクしていろいろとネットを歩き回っていて、ぜひ皆さんにもお読みいただきたいBlogを見つけました。

 

特に、竹馬のくだりは他人事ではありません。ぜひ読んでみて欲しいのです。

テキストには、こう書かれています。

”そのような子は「部分」にばかりこだわり、「全体」を見ません。大人もです。”

 

どうか此処をご覧のお母様(+お父様や祖父母の皆さん)、心に留めてみていただければと思います。

 

▼Blog「森へ行こう(心とからだと子育てと)」様より

 縦のつながりと横のつながり 

 http://plaza.rakuten.co.jp/moriheikou/diary/201405220000/

 

「ひらがなが読めたら」の意味

私の教室では、入会するのに年齢ではなく「ひらがなが読めたら」という条件を目安にしています。

お問い合わせで一番多いのは、「ひらがなは読めませんが、こちら(大人)の話はわかっており、お話もよくできます。入会はムリですか?」「耳で聴いて、よく真似をして弾いていますがどうでしょうか?」というもの。

 

「早くわが子に音楽をさせてみたい!」と願うお母さんのご希望やご期待も分かるので、できるだけ体験レッスンはお受けしていますが、本当は「読める」ことと「聞き取れる」ことのあいだには、子どもの成長という観点で見ると、大きな違いがあるので、適正なタイミングとしては慎重になっていただきたいところなんです。

例えば、ト音記号とヘ音記号が書かれた2段の楽譜。

(「大譜表」といいます)

1段につき、何本の線があるかはご存知ですか?

5本あります。線と線のあいだは4つ。

小さな子は、これを正確に認識できません。

ただ「なんか、いっぱい線が書いてある」程度の

認識しか持っていません。

黒い玉を左から順番に、飛ばさずに、目で追うことは小さな子には大変な作業なんです
黒い玉を左から順番に、飛ばさずに、目で追うことは小さな子には大変な作業なんです

「なんか、いっぱい線がある」程度にしか認識していない子が、ここへさらに黒い玉がずらずらと並んでいても「なんか、黒いのがごちゃごちゃいっぱいある」としか思えないのです。

 

○番目の線のところに黒い玉があるのはミの音、○番目の線と○番目の線のあいだにある玉はラの音…と、頭の中で整理ができるということは、数的なしくみや法則を(子どもながらに)キャッチする能力が必要になってきます。これはかなり細かい脳の認識力と観察力が必要とされてきます。

 

眼球を動かしながら玉を追っていくわけですが、脳から近い距離にある眼球と周りの筋肉を動かすというのは、小さな子にとっては大変集中力の要る、疲れる作業となります。

 

よく「赤ちゃんを外へ連れ出してお散歩しましょう」と育児書にありますが、赤ちゃんは見慣れない外の風景を眼球を動かしながらキョロキョロすることによって、脳をフル稼働させていろいろなことを吸収しており、体を動かして運動していなくても大変疲れるんですね。このため、夜にはしっかり眠れますよ、と育児書などでは書かれているわけです。

 

こうした目の周りの筋肉を酷使しながら眼球を動かし、音符の玉の細かい位置を認識しながら「読む」ことが出来るのが、だいたい「ひらがなが読める」頃と合致しています。

 

【注】「見る」「眺める」ではなく、「読める」という表現にしていることにご注目ください。「読める」ということは、わずかな違いを認識できており、「見る」「眺める」といった受動的動作よりもさらに一歩進んだ、能動的動作になります。

 

 

▼ また、以下のひらがなをご覧ください。

「あ・お・め・の」というひらがなはパッと見、どれも丸っこくクルンとカーブしていて形が似ているので、ひらがながまだ読めない子どもは、違いを認識するのに少し時間がかかります。(字を覚え始めの子どもが、これらの字を書くのに苦戦しているのを見たことがあるお母さんもいるのでは?)


この細かい違いが認識できる知力や観察力が備わると、

 

    「なんか、いっぱい線がある」

     ⇓⇓⇓

    「上の段に5本、下の段に5本、線がある」

 

 

    「なんか、黒いのがごちゃごちゃいっぱいある」

     ⇓⇓⇓

    「線と、線と線の間とを、交互に(一定の法則をもって)書かれている」

 

・・・このように理解できるようになっていくのです。

私のレッスンでは、すぐに大譜表の楽譜からお渡しし、「読み」ながらピアノを弾く…という形態でスタートしているため、この「読める」作業が難なくできることが、入会の目安となっているわけなんです。

 

 

ですので、「耳で聞き取れる」だけの頃には、たっぷりよい音楽を聞かせてあげたり、リズムに合わせて踊ったり、音楽と存分に遊ばせてあげて欲しいのです。音楽を楽しむだけなら、必ずしもレッスンを受ける必要はなく、ご家庭で充分してあげられること。無理をしてモーツァルトやバッハを聞かせる必要もありません。ご両親のお好きな曲や、子どもが気に入っている曲をおうちの中で流してあげればよいのです。(ハードなメタル系はお勧めしませんが…笑)

 

レッスンを受けるのは、そのあとからでも充分間に合います。

 

最近は早期教育で1~3歳くらいからピアノを習わせるご家庭が増えてきましたが、私は反対です。

生活リズムもまだ整っていないうちから、母子分離も充分でないうちから、お稽古事をする必要は果たしてあるでしょうか。習い事に焦るよりも前に、子どもの生活リズムを整えてあげることの方が数倍大切。整っていなければ、お稽古事も続きません。本末転倒です。

 

この時期は、「お教室でお稽古」という形で専門性に任せるのではなく、生活の中でごく自然に、音楽を楽しんで欲しいと思っています。

 

お稽古事の先生をしていながら、なんだか矛盾したことを言っているようですが(笑)、たくさんのお母さんと子ども達を見ていて、子どものために本当に大切なことって何だろう?と常々思っている、ピアノの先生から、若いママさんへの提言です。

あけましておめでとうございます

2014年がスタートして早や、もう一週間。

此処をご覧の皆様、遅ればせながらおめでとうございます。

教室はあともう少しの間、冬休みをいただいています。

現在 充電中です♪

 

毎年のことながら、3が日は、生徒の皆さんからの年賀状がとても楽しみなんです。現役生のみんなの可愛らしい文字、達筆な文字、楽しいイラストや家族の写真… へぇ~○○ちゃんのお父さんって、こんな方なんだぁ~!とか。普段、お母様とお会いすることはあっても、お父様にはなかなかお目にかかれないので、ちょっとした楽しみなんですよ^^

 

このほかにも、教室を卒業した子たちも、今も変わらず年賀状を送ってきてくれる子もたくさんいて、教師冥利につきます。「結婚しました!」「赤ちゃんが生まれました!」「今年就活です!」「大学生活、満喫しています!」・・・と、こちらも本当に顔がほころんでしまうようなお便りばかり。特に、我が子を抱いた元生徒の幸せそうな顔を見ると、あんなに小さかったあの子が…と目頭が熱くなってしまいます。「この子が成長したら、先生またレッスンお願いします」っていうのもあって、「これって弟子だよねぇ」と、自分の年をまざまざと突きつけられたり(笑)でも、こんなこと言ってもらえるなんて、本当にありがたくて嬉しくて。私は幸せ者ですね^^

 

今年は春に発表会を開催予定なので、一人一人の顔を思い浮かべながら、楽譜や音源をまとめて構想を練っています。お休み明け、みんなちゃんと練習してきてくれますように!

 

突破せよ!

今日も一日、レッスンが終わった。

 

ずっとうまく弾けなかったところに、ようやく腰を据えて取り組んで来た子。

ああ、この子はこれでしばらく、自分で抱えた重荷を下ろせて楽になれるな^^

ピアノの音が楽しそうだ。

 

でも、心配な子もまだまだたくさん。

まだ苦手なところから目をそむけたまま、できる部分だけを見せようとする子。

失敗を恐れて殻に閉じこもっている子。

 

がんばれ… がんばれ!

がんばってる、ってわかっているけれど、

あなたには、まだ本当の力が眠っているよ。

がんばってる”つもり” になっちゃダメだよ。

突破してごらん!

文字通り、叱咤激励して帰らせてしまった。

 

大丈夫かな。もうダメって諦めちゃうかな。

乗り越えられる、って信じてるんだけどな。

 

来週こそ、堂々として、笑みを浮かべて、

「こんにちはー!」って教室へ来てくれるかな。

寒いから、部屋をあったかくして待っています。

 

 

受験勉強とレッスンの共通点

これからの寒い季節、いよいよ受験シーズンが始まりますね。教室の中にも、中学受験、高校受験、大学受験…とそれぞれ大切な時期を迎えようとしている生徒さん達がいます。

厳しい受験勉強を克服し合格を手にするための王道として、「苦手分野を潰す」という考え方があります。これ、わかってはいるけれどなかなか手をつけにくいんですよね。

 

でも、合格した子達が口々に言うのは「やっぱり先生、最後は苦手を潰すしかないわ!」「しんどかったけど、これが一番点数が一気に伸びて、本番の時気が楽になった」とのこと。

詳しく聞いてみると、どこで苦手になったのか、つまづいたところまでさかのぼって、

 

基本的な問題をどんどん解く

少しずつ応用問題を解く

解けない時は解説を読んだり質問したりする

もう一度基本問題に戻る

応用問題をリベンジ

 

こうしたループを繰り返しているうちに、負荷がかかっているように感じていた教科が、

だんだん解けるようになり、気づいたら苦手ではなくなっていた、ということのようです。

英語が苦手だった大学受験生の中には、中学英語にまでさかのぼったという子や、高校受験生で現代文が苦手な子が小学生の国語ドリルをやった、という子もいました。ホントにホントの基礎にまでさかのぼったんですね。普通ならプライドが許さなくてそんな簡単すぎるところまで戻ろうとしませんが、変にカッコつけないで、自分の弱点と真正面から向き合った生徒達、とても素晴らしいと思います。

 

この話を聞いていて、ああピアノやエレクトーンの練習と全く同じだなと思いました。

子ども達の練習を聞いていると、最初は調子よく弾けているものの、

上の図のようなループを繰り返す人が大変多い。これって、弾けているところばかり練習していて、

肝心の弾けていないところの練習をちっともしていないことになるんですよね。

(これはこれで、反復練習にはなっているので、全然力がついていないことはないのですが…)

 

ではどうすればよいかというと、

 

できないところだけを取り出して、指の動きを意識しながらゆっくり弾く

(「ゆっくり」が大切!出来ない子ほど、速く弾きたがります)

前後の小節とつなげて、少し長めのパッセージ(4~16小節くらい)で弾いてみる

弾けたらもっと小節数を増やす(1ページ分とか、見開き2ページ分とか)

---この辺からテンポも整えていくとよい---

弾けなかったら、部分練習に戻る

全体を通して弾いてみる

 

つまり練習も、「弾けていないところを潰す」作業なんです。

スルスル~っと弾けないので、イライラしてかなりストレスになるのですが、ある意味、

練習はストレスがかかるのが普通と思った方がいいです。

受験勉強だって同じ。どんなに優秀な人でも受験勉強がストレスフリーで楽しい!って人、

見たことないですもの(笑)ストレスがかかって「もうやだ!」って思いながらも、がんばるのが勉強や練習。スポーツにも言えますよね。

 

そう。勉強も、ピアノも、スポーツも、日々のすることはとっても面倒くさいものなんです。

面倒くさいことを嫌がる人は、正直いって向いていません(笑)

「くっそ~!今度こそやってやる!」っていうくらいの負けず嫌いを発揮して、練習に挑めると吉です。

 

この面倒くさいものを乗り越えて克服できたとき… 楽しくなる。自信がつく。

社会に出て仕事をする上でも、事務処理能力が高くなり、スキル向上への基礎体力になります。

この自分へのご褒美は、誰かに取られてしまう心配もなく、大人になってからもずっと自分を

支えてくれる、尊い糧となることでしょう。

 

長くピアノやエレクトーンを続けられた人達は、幼い頃からこうしたトレーニングを

日々の練習で身につけているので、受験勉強もこなせるのだろうと思います。

  

言い訳

ピアノを習わせているご家庭のほとんどの悩みは、我が子が練習しないことだと思います。
ピアノ教師が会議で顔を合わせても

「どうやったらちゃんと練習してきてくれるか」ということについての話題ばかり。

テキスト開発や啓発セミナー、ワークショップが山ほどあります。

私もアホみたいに注ぎ込んでは勉強してきましたが、行き着く先はやはり、

自分自身に向き合うトレーニングしかないのかな…というのが、現在の心境です。

レッスンのとき、「うまく弾けなかったの、自分ではどうしてだと思う?」と尋ねると、
子ども達は一所懸命に考えて、
本当にいろいろな理由を話してきます。

生徒:妹がいつもじゃましてくるから練習できなかった
先生:じゃあ、妹がいなかったら練習できたかな?
生徒:(− −)「・・・・・」

生徒:パパがいつもTV見てるから練習できない
先生:じゃあ、ピアノの時だけTV消してって、先生からお願いしてあげようか?
生徒:
(− −)「・・・・・」


生徒:今日は6時間目まで学校があったから
先生:来年になったら毎日6時間目まであるけど大丈夫?
生徒:
(− −)「・・・・・」


生徒:お母さんがお出かけするって言って、イオンに行ってたから
先生:一週間、毎日イオンに行ってたの?
生徒:
(− −)「・・・・・」


逃げ道がないほどに追求しちゃって子どもには可哀相かも知れませんが(笑)

そのどれもが、自分以外のもののせいにしていることに注目してみてください。

たった5~6歳の子でさえ、小さな頭と心で考え得るだけの材料を集めて、

必死に取り繕う姿に、私は 驚きと、虚無感と、愛おしさとが混ざり合います。

 

中には、子どもの代わりに、親御さんが練習できなかった理由を言いに

教室へ入ってこられる場合もあります。

わが子をかばうのではなく、わが子が堂々と教室へ行きやすくなる環境を作ってあげることが、

親の役目ではないかしら…というのが、私の切なる想いです。
(ご報告いただいた方がよい場合もあります。ケースバイケースであることをお察しくださいね )

 

自分の弱さに向き合うというのは、とてもつらい作業。

そこを見ないで、いい所だけを見て育てましょう、というのが世の主流ですが

私はそれだけではいけないと思います。

よくない所も自分で認め、そこを取り除くか改善できた、せめてそうしようと努力した、

いう体験をさせたい。

よい所もよくない所も、全部ひっくるめて、その子自身なのです。それを受け止めたい。

この体験が出来た子は、必ずどんな分野でも、悔いのない生き方をしているのを見届けてきました。

生徒:先生ごめんなさい。今週は理由もなく怠けちゃっただけなんです(>_<)
先生:そっかぁ…たまにはあるよね。じゃあ今日は一緒に練習しよっか!

私が嬉しいのは、素直に正直に、打ち明けてくれることなんです。

そこからしか、本当の信頼関係は築けない。

自分自身に嘘をついている人を見ることほど悲しいことはありません。

自分で気づき、オープンマインド…素直な気持ちを開けるようになることが、

習い事を成功させる一番の近道なのです。

その近道に気づけるよう、じっと寄り添い見守り続けることも、私の仕事の一つとなっています。

 

久し振りの投稿… やけにマジメにしてみました^^;

今年も一年ありがとう♪

本年のレッスンも今日で最後となりました。

今日はあいにくの雨。気温も下がってとても寒い一日でしたが、

年の瀬押し迫った雨の中、みんながんばって来てくれたので、

今日はちょっと特別に、レッスンを少し早めに終えて、

温かい紅茶をいれてあげて、おしゃべりタイムを設けました。

(がんばっていると、たま~にこんなサプライズがあります^^)

 

一年の締めくくりに、今日は合格をもらった子が多くて、

みんなニッコニコで気持ちよい弾き納めをしてくれましたヨ。

 

冬休みはなかなかコタツから出られなくて、

楽器に向かうのがどうしてもおっくうになる季節ですが、

筋肉も冷たくなると指の動きまで悪くなるので、

ぜひ楽器のあるお部屋をあたたくして、練習もしておいてくださいね。

 

では皆さん、佳い年をお迎えください♪

あっ みんなに年賀状も出しているので、見てみてね!

(今回の年賀状は面白いデザインのにしたよ~ )

 

学校音楽祭

先日は、楽しみにしていた学校音楽祭を聴きに行ってきました。

うちの教室生ちゃんたちも、それぞれがんばっていて、

一所懸命な姿にウルウルきてしまいました(T_T)

 

毎年思うことですが、子どもたちの歌声って、ホントにピュアなんですよね。

早い学校では、夏休み前から準備に入り、毎日のように練習をして、

練習期間には、やる気のある子やそうでもない子、うまく演奏できる子や苦手な子。

そうした温度差を子どもながらに理解し合って、心を一つにして本番を迎えるわけで。

いろいろなドラマもあったんだろうなぁと思うと…(うー 泣ける!)

 

客席では、わが子の一所懸命な姿に、

ハンカチで目頭を押さえているママさんの姿もありましたよ^^

「栗原はるみ」な私…?

 

発表会が近づくにつれ、仕事に集中してしまうので、

家事はおざなりとなり、家庭内はピリピリムード満載w

どうしても家族に皺寄せがいってしまいます。

「発表会が終わるまで我慢してね、協力してね」

と頼んでいるのですが、

もう夫も息子も慣れっこでして、

ヘロヘロになってレッスンルームを出ると、

洗濯物がたたまれていたり、

お風呂にお湯が張られていたり、

お米を研ぎ忘れていても

すでに炊飯完了になっていたり。

彼らは強力なスタッフと化してくれています。

 

そんなわけで、発表会も終わったので、

ここ数日はお料理もていねいに、

手作りケーキを焼き、家の中もピカピカに、

「栗原はるみか!」ってくらいがんばっています(笑)

(草ボーボーの庭も手入れしなきゃ…!)

 

・・・で、お裁縫もしてるの!?って感じなのですが、

これは、レッスングッズとして使うお手玉を作っています。(これが今日のブログの本題)

 

10月からも数件の体験レッスンや、新入会の生徒さんのレッスンが入っているので、

チビちゃんたちとのレッスンで使います。

お手玉をつかんだり、放り投げたりする動きは、

指や関節の力をつけたり、手首の脱力を身につけたりするのに役立ちます。

 

この秋からは、これまで以上にレッスングッズの充実を図っていく予定です。

ずっと積読していたピアノと脳に関する書籍も読みたいし、

まだ夏休み中だという教え子の大学生OGちゃんとのランチの約束もあるし、

指導者セミナーも近いし、

こうして「栗原はるみ」から少しずつ遠のいていくLippiaなのでした(汗)

 

送り迎えって大変

いつも夕方から夜にかけて、私はレッスンの時間帯。

レッスンルームに入りっぱなしなので、あまり気がついていなかったのですが…

 

お休み中、ちょうど夕方5時~6時頃にかけて、自宅周辺を車で走ったところ、

渋滞していてなかなか家までたどり着きませんでした><

これって、仕事を終えたサラリーマンたちの帰宅ラッシュだったんですね。

 

そのときに思ったのは、こんな渋滞の中を、

レッスンに間に合うようにお母さん達は送迎をしてくださっているんだなぁ…ということ。

 

夕方といえば、子どもたちが学校から帰宅する頃。

その上、お夕飯の準備をしたり、洗濯物を取り込んだり、

ワーキングママなら大急ぎで仕事を終わらせて帰宅していたり・・・

お母さんたちにとって、一番イライラする忙しい時間帯のはず。

 

そんな時間帯に、忙しい合間を縫ってレッスンへ連れてきてくださっていること、

それが幼少から何年にも渡ってなのですから、本当にありがたいことです。 

 

うちの教室では、遅刻する人がまったくいないことはもちろん、

早く来すぎる人もなく(早く着いてしまったら、前の生徒さんが急かされた気分に

なってしまわないよう、自分の時間が来るまで車の中で待機してくださいます)

誰ひとり、時間にルーズな方がいないんです。

よその教室の先生に驚かれることの一つなんですよ。

 

おうちの皆さま、いつも本当にありがとうございます。

どうぞ、安全運転でお越しになってくださいね!